落花 第五話


忍術学園の高学年間で、ほぼ毎年交わされる、笑えない話題がある。
「初めて人を殺めたのはいつ、どのようにか」
その話題は、大抵危険な実戦実習が与えれるようになった頃に登りだし、
早ければ早いほど、「そういった」実習を課されるだけ優秀な証になる。
しかし、自慢げに己の体験を語る級友に対し、伊作は本当のことを
言うわけにもいかず、適当に誤魔化してきていた。

何故なら
「三年の冬休みに。先輩に当たる生徒を、量の加減を誤った毒針で」
しかも
「自分を凌辱している最中に、隙を狙って首に一刺し」
などとは、そうなるに到った状況の説明も出来ないし、何より思い出したくも無い。
覚えているのは、毒の効果が現れた際の苦悶に歪んだ顔と、自分を睨め付けたまま
逝った最期。そして、冷静に処理や説明を考えていた自分自身だけである。
その後誰に如何な弁明をしたのかも、その生徒がどう処理されたのかも覚えていない。
ただ、おそらく仙蔵か留三郎か長次のいずれか一人以上と、新野には相談した筈だった。


留三郎と同室になるに到った一件以降も、伊作は何度か同じ様な目に遭った。
その度に相手は違い、手口は「黙っていてやる代わりに」というものから、
「長期休暇で人があまり居ないのを見計らい」「保健委員の招集を騙って」など
色々あったが、大抵は複数で、人気の無い場所に連れ込まれ、抵抗はするだけ
無駄な状況がほとんどだった。
そのため、周囲は「伊作を一人にしない」ことと、「保健委員会の呼び出しは
新野が直接行くか、無理な場合も生徒には伝言を頼まない」との策は打った。
それでも、常に誰かが傍にいることも出来ず、総ての呼び出しを疑ってかかり応じない
わけにもいかなかったし、相手を特定するのも、下級生を伝言に使われては難しかった。
けれど味を占めて何度も同じ手を使えば、察することはできる。そうして露見した者も
いれば、不審に思い探した友人達に見つかって、その場で制裁を食らったものも居た。

伊作が自力で返り討ちに出来るようになるまで、代わりに鉄鎚を下していたのは、仙蔵と
留三郎だったが、それも気付いた二人が無理矢理訊き出してのことで、基本的に伊作は
「自分一人が耐えればいい」
と考え、口を閉ざして隠そうとする傾向があった。
しかし人一倍伊作を心配する二人に、隠し通せるわけも無く、また報復に加担しないが
事情を知っている長次も、勘がよく些細な反応から見抜かれることが多かった。
そうして、友人達の手を煩わせることを厭うた伊作は、自分の手で報いることと決めた。

得物を仕込み針としたのは、くのいち教室の山本シナから聞いて最も適していると判断したため。
針に塗る毒薬は独学で調合したものだが、校医の新野が見てみぬフリをし、時に方法や
材料の採取場所などの情報を、友人づてに与えてくれたことは知っている。

命まで奪ったのは、忍務以外では三年時の一人きり。それ以外は、障害を残す程度。
勘付かせず、手出しもされなくなったのは、4年の中頃こと。

皮肉にも、その前後で何も知らない友人の一人を、「恋人」と呼び、
合意で肌を許す日が来るのだけれども……



当初の予定では、この辺りの経緯を細かく書く予定だったのですが、 それよりも「さっさと先に進めて終わってから足す」路線に変更しました。 正直この辺は、三章以降の過去語りで補完可能ですが、一応書いておかないと 解り辛い展開もこの先ありますので、この程度で済ませておきました。 えーと、最後の文でおわかりの通り、次回ようやく潮江さん出ます。 話自体はちょっとコメディー路線になる予定ですが、ここまでを踏まえると あまり笑えない感じになるかと思われます。 尚、「諦め」と「客観視」と「妙な自尊心」で自分の心を守っているだけで、 実際は強くなんて無い、「脆くて弱い子」として私は伊作を書いているつもりです。 2008.9.3


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