落花 第六話


「学園に残りたくないけど、帰る場所なんて無い」
という伊作のために、6人全員の共同出資で街中に家を借りるのはどうか。と
提案したのは、確か長次。
滅多にその家に居ない理由と、自分達が入り浸っていても不自然でなさそうな
設定を考えたのは、仙蔵と留三郎。
物件探しは6人全員で。
それが、夏休み前のこと。

夏休みに入ってからは、5人共帰省を遅らせ、初めの数日は伊作と「家」で過ごしていた。
その中で、最も文次郎の帰省が遅かったことに、他意はない。単に仲が良くも悪くも無い、
ぶっきらぼうで喧嘩っ早い男所帯(四人兄弟・母不在)なので、帰ろうが帰るまいが特に
気にもされず、下手したら邪魔者扱いされるくらいなら、学園に残って鍛錬でもしている方が
マシな気がしたが、他の連中と共に伊作の元に滞在するのはやぶさかではないし、ついでに
少し帰ってまた早めに学園に戻ればいいか。とも考えただけのことである。
そして「最も遅い」と言っても、他の4人も2〜3日前からバラバラと帰省しだしただけで、
ほんの数刻前までは留三郎も居り、伊作と教科の方の宿題に取り組んだりなどしていた。
その間文次郎も自分の宿題に手を付けていたが、
「組どころか、個人で問題が違うんじゃなかったか?」
との突っ込みはあえて入れず、得意分野でも教えあいながら解いているのだろうと思っていた。

そのため、留三郎が帰った後も宿題に取り掛かっていた伊作に声を掛けられた際、文次郎は
それが宿題関係か、自分がいつ帰省するのかの、どちらかの問いだとしか思わなかった。
「ねぇ文次」
「どうした? どこか解んねぇ問題でもあったか?」
「ううん。宿題は今の所平気」
終わってはいないが、苦手な箇所は他の友人達が居る間に訊いたので、目処は立っているらしい。
「んじゃなんだよ。俺も明日にゃ帰るぞ」
「うん。わかった。…ところで、君はぼくのこと好きなの?」
帰省の予定を訊くのと同じような、何気ない口調にいつも通りの表情でサラリと尋ねられた
文次郎は、一瞬頭の中が真っ白になった。そして、一拍遅れでようやく返せたのは
「……悪ぃかよ」
という、ふてくされたような呟きだけだった。
「ううん。悪くない」
「え?」
居たたまれなくなった文次郎が横を向いてふてていると、伊作からは思いがけない返事が返って来た。
ただし、その声色にも照れが混じっていなさそうだったので、恐る恐る目だけをそちらに向けて
表情を窺うと、伊作は軽く眉をひそめていた。
「でも、僕は君を友達としか思えないし、君は僕が女子(おなご)だと知ったばかりで頭の整理が
出来ていないだけとも限らない。…それに、手っ取り早く『近くにいるにいる女』ってことで……」
溜め息交じりの伊作の言い分を、文次郎は途中まで黙って聞いていたが、最後の辺りでキレた。
「馬鹿にすんな!」
「ごめん。でも、無いとは言い切れないと思うんだ。だから、授業とか手当てとかの仕方ない
場合を別として、半年間指一本触れないで、それでも想ってくれていたら、付き合ってもいいよ?」
言っている内容は偉そうだが、何故かこの時の伊作は目線が泳いでいる上、尻すぼみに声が
小さくなっていき、最後には泣きそうな表情になっていた。
「…何様だお前」
「嫌なら、別にいいんだよ」
「やってやろうじゃねぇか」
呆れ口調の自分の顔色を窺うような伊作の、精一杯虚勢を張った様子での挑発に、文次郎は
乗せられたフリをしてやった。たとえこれで、半年後には約束を忘れられていようとも、その時は
その時で考えればいい。逆に半年あれば、自分の中でも色々整理が付くだろう。そう思ったのだ。


半年後。忘れられてそうだと思った矢先に、伊作の方から触れてきて
「まだ僕のこと好きっぽい?」
「多分な」
とのやりとりの末、一応付き合いだし、文次郎は仙蔵・留三郎(時々長次も)からいびられるように
なるのだが、ある程度まではそれに甘んじてもいいと思う程度には伊作を想っている自覚が文次郎には
無く、伊作も「悩んだ末に受け入れた」ことの根底にある感情に気付いていなかった。


ね? やりとりだけ見るとコメディー路線なのに、今一つ笑えないでしょう? 「何様」かといえば「立花様」の入れ知恵だけど、その後の文次にキレられた辺りは、伊作の本音です。 文次郎はその手の感情を向けた時点で、一旦「信用の置けない相手」に成り下がりました。 そこから半年のお預けで、ちょっと地位回復。でもまだまだ「親友」とか「父親役」の方が上。 この先ももうしばらくお預け状態が続くのですが、それは番外や補足ネタなどで 何にしても、まだまだ前途多難です。  色々確認のために前の話を読み返して、自分で思ったこと 「潮江さん。アンタ『以前と同じ様に男友達として接して』って言われたばっかだよね?」 他との折り合いを考えて、時期を選んでいるのですが、これはちょっと間が短すぎたかも… でも留さん辺りに言わすと 「女だって知る前から、意識はしていたように見えたけどな」 ってことで。 これでひとまず過去編一区切り 次回(二章)からは「現在(6年冬頃)」に戻ります。 2008.9.9


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