落花 第七話
それは、彼らの最後の冬休み明けのこと。
実習の忍務の最中に、6年は組の善法寺伊作が命を落とした。
との情報が、学園に届いた。
目撃者及び報告者は、同じ組に所属し忍務でも組んでいた食満留三郎他
数人の生徒。状況は、忍務を終え学園に戻る途中の崖で追手らしき相手と
揉み合い、崖下へと落ちたとのことだった。切り立った崖で、下を急流が
流れているため、生存は絶望視され、遺体を捜し出すことも不可能だった。
伊作を慕っていた幼い後輩達は、「忍びである以上仕方ない」とは
割り切れず、その死を大いに悼んで嘆き悲しみ、上級生及び同級生は、
割り切った上で「明日は我が身かもしれない」ことを改めて実感した。
しかしそんな中で、彼と最も親しかった筈の5人は、表面上は普段と
変わらない態度をとっていた。
その態度を、「薄情だ」と責めた下級生もいたが、本人達以外の先輩などから、
「アレはアレで堪えているからなんだ」と説得され引き下がったりしていた。
そして、事件から数日経ったある日。
「立花先輩と潮江先輩が、掴み合いのケンカをしている!!」
との目撃情報が、数人の生徒達によって学園中に広められた。
ここで注目すべきなのは、「仙蔵が掴み合い」という点である。
正直なところ、一部五年生と仲間内以外で、彼がマジギレした所や火器に
頼らず、素手で殴りかかる様を見たことのある生徒は今までいなかった。
さらに異様なことに、留三郎は参戦せず、長次も傍観。必死で止めようとして、
二人の間に割り込もうとしていたのは小平太のみ。という状況だったのだ。
集まった野次馬生徒達が、一部始終を目撃していたらしい某学級委員長から
聞いた話によると、ケンカの原因はやはり伊作関連で、「らしいと言えば
らしい言い草だけど、アレはキレて当然」のことを文次郎が言ったらしい。
「辛うじて六年間生き残ってたってのに、残り二月足らずでくたばるとは、
流石(初代)不運小僧だよな。俺らにまで、その不運が移ってなきゃいいけどよ」
その裏に込められた意味が、「他の友人達まで失いたくない」だと察せる程度には
長い付き合いだし、毒づきでもしなければやりきれない心境も、解らなくはない。
けれど、それでも赦し難いと感じた仙蔵が「撤回しろ」と殴りかかり、同じく
聞き捨てならぬと感じたた長次は、「二対一は公平でない」と制裁を任せたという。
そして、常ならば真っ先に反応するであろう留三郎は、
「自分が原因で争って、傷を作るなんて、伊作は嫌がるだろうからな」
との理由から手は出さなかったが、やはりムカついたのは事実なので、長次と同じ
行動を選んだらしい。そのため、残る最後の小平太が止める羽目になったという。
その後。
「俺らがこのまま、いがみ合ったまま卒業を迎えたりしたら、伊作が報われない」
との留三郎の言葉を、他の四人も尤もだと感じたため、極力諍いを起こさぬように残りの
時間を過ごしていた。けれど以前と同じように振る舞うことは難しく、次第に別行動を
取ることが増え、彼らは少しずつ離れていったように、周囲の目には映ったという。
事の真相と舞台裏は次の話で。ということで、今回は補足解説ナシです。
これだけだと急展開すぎるので、表裏まとめていっぺんに挙げてみました。
といっても、二章は基本的には急展開でサクサク進める予定になっておりますが。
2008.9.19
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