落花 第二話(後編)
「薬種とかの買出しに、人手が欲しいんだ」
などと適当な口実を設け、六人で出掛けることになったその日。
取り留めの無い雑談をしつつ町に向かう道の途中で、休憩を装って立ち止まった
伊作は、他の五人も手近な石などに腰を下ろしたことを確認してから、おもむろに口を開いた。
「突然なんだけどさ。こへ、”実は僕は女だ”って言ったら、信じてくれる?」
本日の目的の前段階。一人だけ蚊帳の外状態にあった小平太に、己の性別をバラすこと。
そうしないと、話は一向に先に進まないし、回りくどいと通じない可能性のある相手なので、
訊き方は直球にも程がある形になった。それでも、訊かれた小平太は、動ずることなく
「あー、やっぱそうだったんだ」
と返してきた。
「気付いてたの?」
「うん。まぁ、何となくだけどね。たまに、何かこう、「アレ?」って感じがすることあったり、
仙ちゃん達の気の使い方が、くのいち教室の子と付き合いだした先輩とかに似てたから」
野生の勘以外にも、思わぬ所で露見しかねない可能性を示された当事者達が目を丸くしていると、
それに気付かない小平太はあっけらかんと
「あ、でも、そんな風に見えたのは俺だけかもだけど」
とも付け足した。
「でもまぁ、用心するに越したことは無いから、今後は気をつけた方がいいだろうな」
こう締めくくって、伊作に先を促したのは留三郎だった。
「詳しい状況とかは省くけど、仙蔵と長次には忍術学園に入ってすぐ。留には2年になってから。
文次にもつい最近バレてね。実はこへが最後なんだ。それで、その、いっそのこと事情を話して、
色々協力してもらいたいと考えて、こうして他の人の耳の無い所まで来てもらったってわけ。
三人にも、細かい事情は話したことが無かったからね」
なるべく何気ない口調を心掛け、伊作はわざわざ遠出した理由と、本日の目的を口にした。
*
「…僕は、とある公家の妾腹の生まれで、本当は生まれた時は男女の双児だったんだけど、
男児の方は生まれて数刻で亡くなったらしい」
ポツリポツリと語りだした伊作の身の上は、その冒頭から既に、衝撃の事実の連続だったが、
五人は口を挟むことなく、聞き続けることにした。
それは、語る伊作の様子が、一刻も早く終えてしまいたそうに、彼らの眼に映ったからだった。
「それで、上は姫君しかいなかったから、残った女児―僕―を男児と偽ることにした。
…って、育ててくれた人は言っていたけど、実際はその時にはもう母上は気が触れていて、
僕を本気で男児であり跡取りだと信じてたんじゃないかな」
元白拍子だったという母は、美しく儚げな人で、幼い伊作の目から見ても、夫以外の何者も
見えていなかったことが明らかだったという。
「弟達が生まれるまで、僕は母上と、母上付のたった一人の侍女以外と接することなく育った。
もちろん「認められていなかった」ってのもあるだろうけど、それ以上に母上が僕を手放そうと
しなかった。三つの時に、ご正室様とご側室様に立て続けに男児が生まれて、僕らは母子共々
善法寺にやられたんだ」
伊作の父には、母以外に分家筋の二人の妻が居り、跡継ぎはそのどちらかが産んだ息子となるのは
当然のことで、素性も知れぬ上に気の触れた白拍子の子など、息子として認められていたことすら
異例なのだと、伊作は物心付いて以降ずっと思っている。
「それから「家のために」と忍術学園に入るよう命じられたのは、七つか八つ位の時。
その頃にはもう母上は病で亡くなっていたけど、世話を焼いてくれていたのは事実を知っている
侍女だけで、他の者はなるべく僕らに関わらない様にしていたみたいだから、女だって露見する
機会がなくてね。それでそのまま男として入学して、今に到るんだ」
そして、その入学を命じられた際に一度顔を合わせた以外、一切会っていないため、未だにバレていないという。
「父上は、多分僕が忍務か…出来れば実習中にでも、誤って命を落とすことを期待して
いるんだと思う。そうすれば、体のいい厄介払いになるだろう?」
その意図が見えていても、他に選べる道などなく、唯々諾々とそれに従うことしか出来ず、
しかし未だに自分は生きている。
自嘲気味にそう呟く伊作に、黙って聞いていた五人は、かけてやるべき言葉を見つけることが出来なかった。
「死にたいなんて思わない。けど、卒業して本家に仕えるわけにもいかない。隠し通せる
わけなんか、ないんだ。だって…」
「伊作!」
うつろな表情で過去の記憶に引きずられかけた伊作を、鋭い声で呼んで現実に引き戻したのは、
仙蔵だった。
「え? あ、ごめん。大丈夫。ありがとう仙蔵」
我に返った伊作に、怪訝そうな顔を向けたのは文次郎のみで、他の者は言葉や態度で、
伊作を気遣ってくれていた。
「…それで伊作。俺らはこの先どうしたらいい?」
長次に渡された水を一口飲み、少し落ち着きを取り戻した伊作に優しく声をかけたのは、
父親役を自認している留三郎だった。
「今まで通り、男友達として接して。それと、誤魔化すのの手伝いと、…いつか来る日には
力を貸して欲しい」
うつむいて、震えた声で懇願する伊作の頭に、無言でそっと手を置いたのは長次。
「任せて」と明るく笑ったのは小平太。
「早まったことだけは許さないからな」
真顔ながら、茶化す口調で言ったのは留三郎。
「我らは、お前のためなら何だってしてやる。それを肝に銘じておけ」
膝を突き、覗き込む形で目を合わせ言い含めたのは仙蔵。
残る一人の文次郎は、「努力する」の一言が精一杯だった。
若干の仙→伊要素入り?
過保護さ加減ではお父さん(留)の方が上ですが、仙様は
アレコレ気にするポイントが彼氏っちいのです。
…文伊らしさはカケラも無いですな。
そして、今後も当分はこんな調子でいくと思われます。
次から、暗くて痛い過去編(予定)です。
余談
当家設定では、小平太は4年頃から仙蔵の真似して一人称が
「俺」から「わたし」になるので、この段階ではまだ入り混じり状態です
2008.6.26
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