「雛祭り大会をやることになったんですが、お雛様役を引き受けてくださいますか?」

		そう訊かれて、特に断る理由が思い付かなかったので引き受けたのが、十日程前のこと。
		企画の趣旨を聞かされたのはお雛様役を引き受けた後で、
		「どうせ碌に票は入らないだろうな」
		とか
		「俺はお雛様役が足りないから入れられただけの、オマケみたいなものなんだろうな」
		とか思ったが、結果を見てみると投票数は俺へが一番多く、しかもお内裏様候補の同期の連中も、
		みんな結構乗り気だったらしい。


		最多票でお内裏様役を勝ち取ったのが、孫兵だと聞いた時。俺は「隣に並びたくない」と思った。
		アイツは、女顔では無いけれど綺麗な顔をしているから、俺なんかじゃつり合いが取れない。
		衣装合わせの時にそんな風に零したら、どこで聞いていたのか

		「鉢屋、代われ。藤内の化粧は私が施す。……伊助。藤を基調にして、女房装束(十二単)はすべて揃うか?」
		「あ、はい。あります」
		「では、斉藤。ありったけのかもじを使ってでも、宮中で通用する長さに結え」
		「はーい」

		いきなり立花先輩が現れ、化粧担当の鉢屋先輩、衣装担当の伊助、髪型担当のタカ丸さんなどに指示を
		飛ばした。そして、作法室―自室かもしれないが―から持ってきたと思しき化粧道具を手に俺の傍まで
		来ると、

		「自分を卑下するな。胸を張り、作法委員として、完璧な所作を周囲に見せつけてみろ」

		そう言い聞かせた。



		そうして完成した自分のお雛様姿を、鏡などで直接確認はしなかったが、殆どの人間から絶賛された
		し、後で乱太郎が描いた絵姿や用具委員が作った雛人形を見る限りでは、結構な出来だったらしい。
		でも、それは立花先輩やタカ丸さんの技術の賜物であり、伊助の衣装の色選びが良かっただけのこと
		だろうと思っていたら、とりあえず数馬に思い切り怒られた。

		「藤内は、綺麗で可愛いんだから、もっと自分に自信を持つべきなんだよ! 本当に、横に並べるのが
		 自分じゃないのが、ものすごい悔しい位、似合ってるんだからね!!」

		そんな風に力説する数馬に、ろ組の3人も口々に賛同し始めた。

		「そうだぞ。藤内綺麗で似合ってて、最初誰かと思った」
		「それを言うなら、『どこの姫様かと思った』だろ、馬鹿左門」
		「確かに『姫さん』て感じだよな。しかも、滝夜叉丸先輩は武家の姫さんだけど、藤内は公家の
		 姫さんっぽい」
		「三之助にしては、上手い表現だな。……俺も、女房(女官)というよりは、姫宮か中宮みたいに見える」

		……。褒められているのは解るし、嬉しいことには嬉しいが、それだと――

		「それでいくと、僕も公家か東宮辺りになるが?」

		そうなんだよ。お内裏様役の孫兵も、俺と同じかその上の身分になるってことなんだ。

		「あ、孫兵も支度終わったんだ。……悔しいけど、孫兵ならそれでもアリな位似合ってるね。しかも、
		 立花先輩はそのつもりで衣装とか立ち位置決めたって言ってたって、伊作先輩にさっき聞いた」
		「そうなのか」
		「うん。……で、孫兵は藤内のお雛様どう思う?」

		訊くな数馬。どんな答えだとしても、何か聞くのが怖い。

		「似合っている」
		「え? それだけ?」

		いや。多分、これだけじゃ済まないと思う。そして、かなりこっ恥ずかしいことを言いかねない気が
		するから、出来ればここで止めておいて欲しい。

		「それ以上は、勿体無いからから後で本人だけに言う。……良いよな藤内?」

		良くない! どれだけクサイこと言う気だ、この天然たらし。……とは、言っても無駄な気がするので

		「……好きにしろ。絵姿と人形作って、飾ったり売ったりするらしいから、もう行くぞ。作も、用具
		 委員は人形作りで招集掛かってるんだから、行った方が良いんじゃないか?」
		「ああ、そうだな。……その格好で、歩けるのか?」
		「一応な。立花先輩や、山本シナ先生の指導があったから」




		後で孫兵から言われた感想と、それに対する俺の答えを少しだけ挙げると、移動中に言われたのが

		「軽く指導を受けただけで、それだけ見事に立ち振舞えるとは、流石作法委員だな」
		「いや。単に衣装が重くて動き難いから、丁寧に見えるだけだ」
		
		数馬達の前では「勿体無いから」と言わなかったのは

		「そうやってキッチリ撫で付けた髪も似合ってはいるが、僕は普段の独特の前髪の方が好きだな。
		 ああ、でも、後ろは長くてまっすぐなのも悪くないから、今度女装する時にはタカ丸さんから
		 かもじを借りてもいいかもな」
		「……かもじは、作法委員会の備品にもある」

		「唐衣は、その文様も悪くないが、揚羽蝶やいっそ鶴や鳳凰でも似合うと思うが?」
		「色を合わせて選んだら、コレが一番合ったんだよ」

		など、孫兵自身の好みについてが多かったような気がする。



		その後、作法委員の買い出しに何故か全員女装で行った時、備品の中から揚羽蝶文様の小袖を
		選んだのは、ただの偶然。……ということに、今はまだしておこうと思う。




もうちょっといちゃつかせたかった気もするけど、多分コレが限界。 そして、あんまり雛祭りはしていないような…… って、いつものことか 2010.3.3

滝夜叉丸雛編  伊作雛編