「…姐さんの形見とか聞かされたら、着ないわけにいかないですから」 そんなわけで留袖を選んだ滝夜叉丸は、それ以外の帯や小物なども、当時を覚えているはずの 小平太の姉や父、古参の組員から訊いて総て同じものを用意した。 そして、「自分で出来るから」と着付けの予約を入れようとした小平太を止め、当日本当に 自力で手早く着付けを済ませると、髪も自分で結いだした。 「…すごいな」 「母の趣味と、喜八郎のわがままに付き合って、習い事は散々やらされましたから」 素直に感心する小平太に、滝夜叉丸は紅をさしながら苦笑交じりに答えた。 お嬢さん育ちの母の趣味で通っていた以外の、実用的な稽古事はほとんどが、喜八郎が 「滝ちゃんと一緒じゃなきゃいかない」 とだだをこねた結果付き合わされたもので、そのどれも喜八郎よりも滝夜叉丸の方がしっかりと 身に付いたらしい。ただし、女物の着付けが可能なのは、母の趣味で習わされた方によるものなのだが… 「ところで、若は本当にその格好で行かれるのですか?」 「そうだけど、どこかダメ?」 「ダメと言いますか…」 小平太は、モスグリーンのスーツの下にアロハ。という出で立ちで、手元にはサングラスが見えた。 まず間違いなく「カタギの人」には見えない。しかし、多分他のスーツなどは、持っていないか より強烈なものしかないのだろう。と判断した滝夜叉丸は、諦めた。 そして、朝食を食べさせることだけは他の組員に頼んであった四郎兵衛の、身支度や 着替えをさせに向かった。 四郎兵衛の、入学式用の服は八左ヱ門の母でもある小平太の姉が。ランドセルは小平太の父が それぞれ買い与え、机は双方で揉めたため「金吾の―殆ど使っていない―お下がりをもらう」と いうことで決着がつけられた。 そして更に、四郎兵衛が小学校を上がるのを期に、母屋を小平太を初めとする若い衆に明け渡し、 小平太の父である五代目は、自分達用に離れを建てそちらに移ったため、四郎兵衛にも自室が 与えられていた。 それほどまで、四郎兵衛―および滝夜叉丸―は、七松家の人間に「家族」扱いされるように なっており、入学式に参列した3人は、知人の目から見ても本物の夫婦親子のように見えたという。 余談 式後の保護者会で、四郎兵衛の担任教師は、滝夜叉丸達のことをまず「時友さん」と呼んだ。 「違います」 「えっと。時友四郎兵衛くんのご両親ですよね?」 「保護者ではありますが、親ではありません」 きっぱりと否定した滝夜叉丸に、浪人と留年を繰り返しこの年ようやく採用されたばかりの 新人教師突庵望太(27)は、困惑していた。何しろ彼の頭の中には、「保護者=親」の図式しか 存在していなかったのである。しかし、「叔母」とか「姉夫婦」などの可能性も、辛うじて 思いつくことが出来たのでそれを口にすると、またもバッサリ「違います」と返って来た。 「書類一つ、ろくに目を通されていないのですか?」 眉をしかめた滝夜叉丸に、突庵がオロオロと何も返せないでいると、同じ組の数人の保護者が 茶化すように声を上げた。 「滝さーん、それくらいにしてあげなよ。先生可哀相よぉ」 「ほら、この先生、まだ新人くんみたいだしさ。見逃してあげたら?」 「先生も。保育園で一緒だったあたしらが、滝さんと若はれっきとしたしろちゃんの保護者さん だって保証するから、とりあえずここはそれでいいにして、あとで書類見ましょうね」 ママ友たちの助けでこの場はどうにか納まったが、この先も6年間で色々とあり、四郎兵衛は 突庵の中で「忘れられない生徒」になるのだが、今はそれはおいておこう。 他も見てみる? ワンピースへ スーツへ
「しろちゃんの入園or入学話(誰が保護者として付き添うのかで面白い事になりそう)」 とのことでしたが、私の中ではその手の雑事はすべて滝さんの担当なので、 別なところに重点を置いてみました。 あと、保育所は私設の「入園式」とかなさそうな所の上、途中入園なので入学式で (保育所は、商店街の近所で日向園長の経営する小さいけど素敵な感じの所です) ギャグのつもりで書き始めたのに、最後が若干シリアスっぽくなりましたが、こんなんでよろしいですかね? 亡くなった姐さんは、別に普段は和装の人ではないです。 ただ、「ヤクザの姐さん」である自覚のキッチリある涼しげな美人さん。 あとは余談かもですが、小平太の格好は、ウチの父が弟の入学式の時に本当にした服装です。 父は更に、中途半端に脱色したサビ色(黒と茶のまだら)の長髪でした。 私の時はスーツは同じので長髪ではありましたが、シャツと髪色はマトモ(だった筈)なのは、 一応「女の子」だからなのか、初めての子だからまだはじけきっていなかっただけなのか… ちなみに我が父上は、服装や髪型の制約は一切無い職種の人です。それ以外も色々と「普通」ではないけど 2008.8.22