「しろが気に入ったようですし、一応は私のために作ってもらったわけですから…」

そんな理由でワンピースを選んだ滝夜叉丸は、当日の朝になってから小平太と軽い口論になった。
「嫌です! 化粧はしません。必要ありませんから!」
「いや。ある! 不自然だろう!?」
内容は、化粧をするか否かについてで、不利なのは必死に抵抗する滝夜叉丸の方だった。

「…仮にしようにも、化粧道具がありませんし、店も開いていません!」
騒ぎを聞きつけて寄ってきた組員達まで味方に付け、小平太が主張し続けていると、
滝夜叉丸は少しだけ折れたが、それでもまだ往生際が悪かった。
「用意してある! ついでに、手伝いも頼んだ」
「誰に何を!?」
「僕に。お化粧の」
小平太の合図で、メイク道具一式を手に姿を現したのは、滝夜叉丸の従弟の喜八郎だった。

「おやまぁ。懐かしい眺めだね」
ワンピース姿の自分を見るなりポツリと呟いた喜八郎に、滝夜叉丸が苦々しい顔つきを
見せると、横から小平太が「どういうこと?」と口を挟んできた。
「小学生の頃は、滝ちゃんずっとスカートで学校通ってたんです」
慌てて滝夜叉丸がさえぎる前に、喜八郎はペロッと彼の過去の汚点をバラしてしまった。

「…低学年までです。その、当時は、母が用意した服を何の疑いも無く着ていたものですから…・・・」
語尾がドンドン小さくなりつつも、必死で滝夜叉丸が弁解すると、喜八郎は更に暴露を付け加えた。
「そんな滝ちゃんに、勝手に初恋を抱いた挙句、中学の制服姿を見てようやく気付いて、『騙された』
って今も恨んで突っかかってきてる馬鹿もいるくらい、似合っていて可愛かったんですからね」
「え? ソレってもしや…」
「もちろん三木ですよ?」
自分の横で交わされている会話に、滝夜叉丸はもう消えてしまいたかった。今の状況と、自分が
田村三木ヱ門に敵視され、日々小競り合いを繰り返している原因など、無関係だというのに。
「…その話、今度詳しく聞かせて? で、今は滝の化粧頼んだ!」
滝夜叉丸の表情に気付いた小平太は、喜八郎に本来の用事を頼むと、自分の着替えのためと称し、
逃げるようにその場を去った。


喜八郎が滝夜叉丸に化粧を施し終えるのと、小平太が着替え終わるのはほぼ同時だった。
「おおー。綺麗綺麗。綾上手いな」
「途中から、滝ちゃんが自分でやったんです。色は僕が選んだけど」
喜八郎と小平太が話している脇で、滝夜叉丸は軽い目眩を覚えそうになっていた。
「若、本当にその格好で行かれるのですか?」
「そうだけど、どこかダメ?」
「ダメと言いますか…」
小平太は、モスグリーンのスーツの下にアロハ。という出で立ちで、手元にはサングラスが見えた。
まず間違いなく「カタギの人」には見えない。しかし、多分他のスーツなどは、持っていないか
より強烈なものしかないのだろう。と判断した滝夜叉丸は、諦めた。
そして、朝食を食べさせることだけは他の組員に頼んであった四郎兵衛の、身支度や
着替えをさせに向かった。

四郎兵衛の、入学式用の服は八左ヱ門の母でもある小平太の姉が。ランドセルは小平太の父が
それぞれ買い与え、机は双方で揉めたため「金吾の―殆ど使っていない―お下がりをもらう」と
いうことで決着がつけられた。
そして更に、四郎兵衛が小学校を上がるのを期に、母屋を小平太を初めとする若い衆に明け渡し、
小平太の父である五代目は、自分達用に離れを建てそちらに移ったため、四郎兵衛にも自室が
与えられていた。

それほどまで、四郎兵衛―および滝夜叉丸―は、七松家の人間に「家族」扱いされるように
なっており、入学式に参列した3人は、知人の目から見ても本物の夫婦親子のように見えたという。


余談
式後の保護者会で、四郎兵衛の担任教師は、滝夜叉丸達のことをまず「時友さん」と呼んだ。

「違います」
「えっと。時友四郎兵衛くんのご両親ですよね?」
「保護者ではありますが、親ではありません」
きっぱりと否定した滝夜叉丸に、浪人と留年を繰り返しこの年ようやく採用されたばかりの
新人教師突庵望太(27)は、困惑していた。何しろ彼の頭の中には、「保護者=親」の図式しか
存在していなかったのである。しかし、「叔母」とか「姉夫婦」などの可能性も、辛うじて
思いつくことが出来たのでそれを口にすると、またもバッサリ「違います」と返って来た。

「書類一つ、ろくに目を通されていないのですか?」
眉をしかめた滝夜叉丸に、突庵がオロオロと何も返せないでいると、同じ組の数人の保護者が
茶化すように声を上げた。
「滝さーん、それくらいにしてあげなよ。先生可哀相よぉ」
「ほら、この先生、まだ新人くんみたいだしさ。見逃してあげたら?」
「先生も。保育園で一緒だったあたしらが、滝さんと若はれっきとしたしろちゃんの保護者さん
だって保証するから、とりあえずここはそれでいいにして、あとで書類見ましょうね」
ママ友たちの助けでこの場はどうにか納まったが、この先も6年間で色々とあり、四郎兵衛は
突庵の中で「忘れられない生徒」になるのだが、今はそれはおいておこう。


他も見てみる?
着物へ スーツへ

「しろちゃんの入園or入学話(誰が保護者として付き添うのかで面白い事になりそう)」 とのことでしたが、私の中ではその手の雑事はすべて滝さんの担当なので、 別なところに重点を置いてみました。 あと、保育所は私設の「入園式」とかなさそうな所の上、途中入園なので入学式で (保育所は、商店街の近所で日向園長の経営する小さいけど素敵な感じの所です) ギャグのつもりで書き始めたのに、最後が若干シリアスっぽくなりましたが、こんなんでよろしいですかね? 金吾ママの発言は、とあるマンガからそのまま使いました。 ついでに、金吾ママと滝母は同じタイプの人です。最も厄介なのは「悪気が無い所」な天然さん あとは余談かもですが、小平太の格好は、ウチの父が弟の入学式の時に本当にした服装です。 父は更に、中途半端に脱色したサビ色(黒と茶のまだら)の長髪でした。 私の時はスーツは同じので長髪ではありましたが、シャツと髪色はマトモ(だった筈)なのは、 一応「女の子」だからなのか、初めての子だからまだはじけきっていなかっただけなのか… ちなみに我が父上は、服装や髪型の制約は一切無い職種の人です。それ以外も色々と「普通」ではないけど 2008.8.22