「孫。来月の社会科見学の行き先、お前の所の園だから、その時に作達連れてって、全部バラすけど良いよな?」
夕食後。洗い物を済ませ、愛しのじゅんこ達―孫兵は今世でも相変わらず爬虫類マニアの虫オタクで、
我が家には何匹もの蛇やら蛙やら何やらがいるが、流石に毒を持つものは少ない―の世話を焼いている
孫兵に、確認というより報告としてそう言うと、端的に「構わない」と返ってきた。
孫兵は、前世よりはキチンと人と接せるようになり、対外的には結構人当たりが良いレベルにまで進歩したが、
俺と虫達なら、虫達を優先する。だからといって、別に俺のことを蔑ろにしている訳ではないので、気にしない。
それに、俺が勝手にしゃべっただけで聞いていなかったと思っていたことも、結構ちゃんと覚えていたりする。
だから俺らは、俺が一方的に好きなことをしゃべって、孫兵はそれを聞いているだけ。ということが多く、
前世で友人だった受け持ちの三人組の話も、そうやって話したことが殆どだった。
「僕から話すのと、藤が話すのと、どちらにするんだ? それと、どのタイミングで?」
そんな風に孫兵に訊かれたのは、社会科見学の数日前。俺的には、引き合わせた後自分で全部説明するつもり
だったけど、それだと少し不自然になるかもしれないから、軽く打ち合わせておいた方が良いかもしれない。
訊かれて初めて、そう思い至った。
「孫としては、どういう流れが自然だと思う?」
「これ見よがしにヒントを示してから、軽く水を向けて、向こうが訊いて来るまで待つのが良いんじゃないか?」
孫兵は、他人にあまり興味の無かった昔も、ちゃんと同期の仲間内や委員会の先輩後輩の、性格や考え方を
ある程度は把握していた。こういう会話をしている時に、それがとてもよく解る。
「じゃあ、そうするかな。……あ。解り易いように、オフの時の格好で行ってみるのもアリかも。それも良い?」
仕事のある日は、一時間半掛けて支度をして、服装も堅めなもの―スーツか、それに準ずるジャケット+
タイトスカートなど―を選んで、オマケに伊達眼鏡まで掛けているが、休日は面倒なので大抵スッピンに
ポニーテールかひっつめ髪で、Tシャツの重ね着に下はハーフパンツとかなので、たまたま顔を合わせた
左近達に「別人に見えた」と言われたことすらある。けど、和柄やXネックを重ねていることが多く、
ハーフパンツもどちらかというとキュロット系なので、前世の格好と結構よく似ているんじゃないかと、
自分では思う。
「……僕に組み合わせを選ばせてくれて、眼鏡はしていくなら」
「解った」
異論は無いので任せたら、用意されたのは、ハイネック+Vネックのチュニック+サブリナパンツだった。
……そういえば、家の中ではキャミに短パン一丁でも気にしないけど、外に出るときはスカートでもパンツ
でも、ひざ丈より短いものは嫌がるし、露出が高いのや身体のラインがでるようなやつも嫌いなんだよな、
孫兵って。
こういう、些細な所で孫兵は結構ちゃんと「彼氏」で、そもそも
「他の奴のものになるのを見るのが嫌だ」
と言われたのがきっかけで、付き合いだしたんだよな。
「さて。それじゃ…今日はよろしくお願いしますね、伊賀崎さん」
「こちらこそ、お待ちしていますよ、三波先生」
出掛けにそんなやり取りをしながら、ふともう一つ、大事なことを思い出した。
「そういや、今あの動物園、あの頃の後輩居るんだよな。えーと、……一平と孫次郎だっけか?」
「ああ。一平がキリン舎の担当で、孫次郎はタヌキ舎だ。二人共名前は同じままで、孫次郎はおぼろげに
覚えているようだが、先に顔を合わせるのは得策とは言い難いな」
いちいち訊かなくても察してくれるのは、付き合いの長さ故か、その内容故か。…どっちでもいいが、うまい
こと誘導して、先に爬虫類館に寄るルートを選んだ方が良いわけだな。
「キリンとタヌキを避けると、順路的には不自然になるだろうが、それも伏線だということにしておけば良い」
「了解。他に何か注意事項は?」
「特には無い筈だ。……それでは、また後で」
「ああ。行ってきます」
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