僕は毎日、朝一番に滝に「大好き」と言う。そうすると滝も、「私も好きだよ、綾」とか、「愛してるよ」と 返してくれる。多分滝は、そんな僕の言動を、親に疎まれていた反動だと捉えていて、それもあって毎回律儀に 笑い返して来るんだと思うけど、本当は違う。というか、今世の実の親の事なんかどうとも思っていなくて、僕が 伝えたいのは、前世で言わなかった分と、今世でも意地っ張りで高飛車な滝が、それでも好きだっていうこと。 前世の僕は、他人だけでなく自分の事もどうでも良くて、穴を掘るのは好きだったけど、それ以外のことに特に 興味も無かった。だから、前世の事で鮮明に覚えているのは、忍術学園に居た頃のことだけ。 当時は気付かなかったけど、多分僕は、学園の生徒達のことが結構好きで、特に滝やタカ丸さん―と、ついでに 三木―や、作法委員会のメンツのことは、相当気に入っていた。だけど、周りが勝手に構ってくれるのに甘えて、 自分からは特に何もしなかった。 その埋め合わせが半分と、前世のことを差し引いても扱いづらいだろう僕を、何も覚えてないのに本気で可愛がって くれている所為で、色んな事を失っただろうに、そんなことおくびにも出さない滝への感謝と、本当に大好きだって いう現れが、もう半分。だから僕は、毎朝滝に「大好き」と言う。ついでに金吾にも「嫌いじゃないよ」と言って あげるけど、そっちも別にお世辞では無い。金吾のことも、多分ちょっと好きで、感謝はしているから。 今世の僕は、滝と金吾の姉が産んだ子で、僕が生まれた時、滝はまだ中学生―金吾に至っては小学生―だった らしい。滝達の母親―つまり僕には祖母―は、色んな意味で滝とよく似た人で、 「アタシには、無計画に妊娠した馬鹿娘の中絶費用を工面してやる義理も無ければ、産むとしても無条件で力に なったり養ってやるいわれは、コレっぽっちも無いわ。……とはいえ、自分の娘が孫を虐待もしくは放置した 挙句死なせたりした日には、寝覚めが悪いから、家賃と生活費を収めて、基本的に育児も自分達の力でやると 言うなら、産んだって構わないし、この家に置いてやっても良いわよ」 そんな感じの事を、泣きついてきた長女―当時高校生―に向かって言い切り、そんな妻の尻に敷かれている祖父さまも 「僕も、出来る限り力にはなってあげるけど、大筋はお母さんの意見に賛成かな」 と、娘達を突き放したらしい。 そんな訳で僕は、母親の実家に居候している状況で生まれ、結局面倒は、乳児の頃から、滝とか、時々金吾や 祖父さまが看ていたりしたことを覚えている。 生まれた時から、鮮明に前世の記憶はあったけれど、乳児期は構造上か上手く発音が出来なかったし、その後も 面倒なのでろくに言葉を発さないでいたら、「言葉が遅い子」だと親には解釈された。だけど滝や金吾とか、 気が向いたら祖父母に向かってもある程度しゃべっていたし、意味を成す第一声は多分「たき」だった。その ことを知った時点で、まずキレられた。 それから、大人の言っている事を全て理解しているよう―実際解っていたけど―な目が気に入らない。と言われ、 一向に懐かない所や、子供らしくない性格が可愛くないと疎まれた。 それでも、親を親と思っていない態度を取っていた以外に、僕には否は無かったし、例え僕のような子じゃなく ても、親として未熟で尊敬できる所のない人達だったから、懐かなかったかもしれない。だから、暴力はしつけ ではなくて全部八つ当たり。つまり、祖母さま―と呼ぶと怒るけど―の判断が正しかったから、どうにか虐待死 しないである程度まで育てたのだと思うと、祖母さまには感謝しても良いかもしれない。 だけど祖母さまは、叩かれそうになったのを見つけたら止めたり、ご飯抜きにされていたら代わりにくれたりは したけど、基本的には最初の宣言通り世話はしない。という方針で、祖父さまも祖母さまに止められているからか、 極力手を出さないようにしている感じだった。 そんな中、一番ちゃんと世話をしてくれていたのが滝で、近所での買い物から、どこかに遊びに行くまで、よく 一緒に出掛けたりもした。そうすると、実際の年齢差は十四、五歳でも、少し上に見られて実の親子と間違われ たりすることは、よくあった。 そんな時滝は、近所の人に間違われた場合だけは、姉の子であると説明していたけれど、それ以外では一切否定 しなかった。もしかしたら、それが僕を引き取ることに決めた要因の一つだったのかもしれない。そう言って いたのは金吾。曰く 「実の親子でも違和感無く見えるということは、『自分が母親でも良いんじゃないか』って思ったんじゃない かと思うんですよ」 とのことらしいけど、確かに、引き取られた時から今に至るまで、「若いお母さん」はかなり言われていたけど、 実の親子かどうか疑われたことは、殆ど無い気がする。 僕を引き取ると宣言した時、滝はまだ短大を卒業したてだった。だけど、高校時代からバイト代を溜めていて 結構な貯金があったし、就職先も短大卒で内定をもぎ取るのは相当難しいような有名企業で給料も良かったので、 金銭的な問題は殆ど無く、誰の目から見ても実の親よりも保護者に適していて、当の親が喜んで僕を手放したので、 実にあっさり養子縁組が成立した。 そしてその翌年。高校を卒業して警官になった金吾が 「家賃も光熱費も食費もその他生活費も半分出すし、綾の父親役もやるんで、一緒に暮らしても良いですか?」 とか言って転がり込んできた。そして、今に至っている。2010.9.20