side H(1)
オレには、物心付くか付かないかの頃から、いわゆる「前世の記憶」というやつがある。その記憶が
本物なのかどうか、きちんと確かめる術は無いが、身近にほぼ同じ内容の記憶を持っている知り合いが
何人か居るんで、おそらく本物なのだと思う。
更に、記憶は持っていないもしくは持っているか分からないし、中には性別が変わっていたりなんかも
するが、前世のオレの知り合いの生まれ変わりっぽい知り合いも、周囲に結構うじゃうじゃ居たりする。
例えば、保育園からの付き合いになる幼馴染のナルは、今は「不破なるみ」という名の女子だが、前世は
「不破雷蔵」という名の男で、俺の友人だった。彼女は一応記憶を持っている口で、前世で迷い癖がある
くせに大雑把だった名残か、小さい頃からうっすら記憶があったにも関わらず、性別に関しては「まぁ
いいか」と開き直って気にしていないらしい。ただ、年々記憶が鮮明になるにつれて、一つかなり大きな
問題が発生した。それは、双児どころか親戚でもないのにナルと瓜二つの顔をした、もう一人の前世の
友人兼保育園からの幼馴染についてだった。奴の名は、音は変わらないが字面だけが変わって「蜂屋三郎」
といい、記憶は無い。
詳しい理由も関係も、その後どうなったのかも知らないが、俺の覚えている限りでは、前世の三郎は
雷蔵に執着していた。そして今世でも、保育園時代は
「ナルと結婚する」
などと言っていて、その思いは今も変わっていないんじゃないかと、俺は感じているんだが、数年前から
三郎は「運命の人」とかほざくようになった。
理由は繰り返し見る夢なんだそうだが、その内容はどう聞いても前世の記憶で、相手は雷蔵としか
思えない。だが、三郎自身にその自覚は無いし、ナルも奴がその話をしだした当時は、まだあまり
記憶が甦って無かったらしく、笑って流していた。けれど年々記憶がハッキリしていき、ついでに
年頃になるにつれ―俺らは今中二だ―、本気でその相手を探す三郎の話を、ナルは笑って聞けなく
なっていった。
「どうしよう。三郎を他の誰かに盗られたくないけど、今更言えないよ。だって、今までずっと、夢の
相手を知らない振りをしていたんだもの。本当のことを言ったって、嘘か気休めだとしか思ってくれ
ないだろうし、下手したら、逆に嫌われてしまうかもしれない」
三郎が夢の内容を熱く語った後や、「それらしい人を見つけたかもしれない」と報告してくるたびに、
ナルは泣きそうな顔で、オレにそうこぼす。特にその「それらしい人」ってのが、前世で関わりのあった
人の場合のナルは、見ていられないくらい辛そうで、他の前世からの友人達―といっても、片方は記憶は
ないが―も、そんなナルの様子には気付いているらしい。
記憶が無い方の名前は、「久々知 歩」といい、読みは「あゆみ」ではなく「あゆむ」で、間違えると
烈火の如く怒る。黙っていれば才色兼備なのに、何か若干電波な豆腐娘として周囲には認知されていて、
「久々知兵助」だった前世も、頭は良いのに何処か変わった豆腐小僧だったので、正直性別と名前以外は
あまり変わっていないような気がしなくもない。
記憶がある方は、元「尾浜勘右衛門」こと「尾浜勘児」といい、中学に挙がってから合流してきたんで、
今世での付き合いは短いが、オレにとってめちゃくちゃありがたい存在だったりする。何故なら勘は、
記憶があるんで話が通じるし、同じ男子なんでつるんでいても妙な噂を立てられることはまず無いのに
加え、「ナル」だったなるみに「雷蔵」、「くぅ」だった歩に「兵助」の仇名(?)をつけたんで、呼び
間違いも仇名ってことに出来るし、多少混同してもバレなくなったのが、物凄く助かっている。
ちなみにそれらの仇名は、
「歩兵の兵にちょっとオマケつけて『兵助』と、ナルちゃんはホントは『鳴神』って書くんだよね?
だったら鳴神=雷で、そっちもオマケつけて『雷蔵』とかどう?」
という理由でつけたことになっていて、ナルは当然本当の理由も解っているから大賛成し、歩も結構前の
某CMの犬みたいな愛称や、他の奴に呼ばれることのある「あゆ」もあまり好きじゃなかったらしく、
「変わっていておもしろいかもな」
と了承したので、今は俺ら四人―三郎だけは「変だ」と言って呼ばない―はそれで呼んでいたりする。
けど、やっぱりナルが「雷蔵」と呼んで欲しいのは三郎で、アイツの夢の話も、その相手探しも苦痛で
しか無い。ってのは、記憶の無い歩ですら解っているんだから、いい加減気付けってんだ、アノ天才の
くせにどうしようもない馬鹿は。
陰の苦労人サイド冒頭部。この話においてのはっちゃんは、主に説明&補足担当扱いです。
2010.7.22
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