side H(2)


		オレは、正直言って頭も物覚えもそんなに良くはないというか、人並の記憶力しか持っていない。
		だから前世のこともチビの頃のことも、覚えてはいても結構あやふやで、「こんなことあったよね」と
		言われても思い出せないことはよくあるし、2歳か3歳の時に似非双児と顔を合わせた時のことなんか
		覚えていない。
		それでも、三郎が言う通り幼児が親しくなるのに理由なんか要らないと思うんで問題ないし、元い組の
		2人と再会した時のことは、それぞれちゃんと覚えている。


		兵助こと歩を今世で初めて目にしたのは、入学式の前に校庭で記念写真を撮ってる時で、最初に声を
		掛けに行ったのは、雷蔵ことなるみだった。

		クラス分けの紙を見ながら
		「あら。みんな一緒なのねぇ」
		なんて話を母親達がしている最中に、同じようにクラスを確認していた見知らぬ親子の元に駆け寄り、
		「お名前、何ていうの?」
		と訊ねた雷蔵―あの当時は「ナルちゃん」だったけど―の目は期待に満ちていて、訊かれた兵助の方も
		特に警戒することも無く答えて、「そっちは?」とか問い返してたんで、一瞬記憶があるのかと思ったが、
		単にあまり動じないズレた奴だってことが、「ふぅん。はじめまして」と続いたことですぐに解った。
		それでも雷蔵は、めげずに「お友達になって」と続け、オレらの所まで連れて来てお互い自己紹介させた。
		その結果、入学してすぐから3人セットが4人セットになり、そのことに三郎も兵助もあまり違和感を
		感じていないのは、潜在的に前世の記憶があるんじゃないかと思った。その仮説については、三郎の
		例の「夢の話」からより一層確信するようになったけど、あんな中途半端で酷い思い出し方なら、綺麗
		さっぱり何も覚えていない方がマシだと思う。

		とはいえ、そんなことを雷蔵に言ったら
		「そうかもしれないけど、思い出してくれたら嬉しいかもしれないし、いや、でも、一部だけ変な風に
		 思い出しても、困るのかな。だけどやっぱり……」
		とかグルグル悩みだしそうなんで黙っていたけど、誰かの同意を得たい気はずっとしてて、偶然前世
		関係者を見付けた時には、覚えてなかったり別人で怪訝な顔されるのを覚悟で話してみようかと思った
		こともあるが、結局それはしなかった。
		だから、中学に上がって、兵助から「塾仲間」として紹介された勘が、

		「歩ちゃんからよく話聞いてたよー。えっと、三郎になるみちゃんに八左ヱ門?」

		と、わざと間違えた時。「どんな間違いだよ」とツッコミを入れつつも、覚えてる証拠だと解って
		嬉しかった。
		そして、勘のさりげなく当たり前のように輪に溶け込んでいる所は健在だったんで、入学して1月も
		経たない内に、オレ達は5人セットになっていて、勘がへ理屈のような無茶苦茶な理屈で女子2人に
		付けた、前世の名前そのままなあだ名がすんなり受け容れられたのも、どこかに記憶がある証拠だと
		信じている。


		けど、5人揃ってから2年近く経った今でも、三郎の馬鹿の夢以外、2人の記憶が甦る気配はない。
		その一方で、雷蔵は年々鮮明になっているらしい前世の記憶と、今の「なるみ」の感情の間で揺れて
		いて、その様子がどんどん痛々しくなっていることに、オレや勘だけでなく兵助まで気付いて心配して
		いるが、肝心の三郎が気付かず平然と夢の話をしやがる上に、

		「ふと思ったんだが、何故私達はつるんでいるんだろうな」

		なんて言い出した日には、3人に「堪えろ!」と止められなかったら殴ってたぞ。




一番必死なのが雷蔵で、一番気苦労が多いのがハチ。そして勘ちゃんは空気穴。 記憶持ち組はそんな感じの関係で行くことにしました。 2011.10.30


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