SIDE H(3)

		週末に、用事も無いんで家でゴロゴロしていたら、三郎と一緒に服を買いに出掛けた筈の雷蔵が、
		何か泣きそうな顔でオレんちを訪ねて来たので、何があったのか聞いたら、出先で前世からの
		後輩達に行き会ったらしい。
		ちなみにその後輩達―らんきりしんの3人組―の内、桐生刹那こときり丸と、名前の変わっていない
		乱太郎は、うっすらとか断片的にだけど前世の記憶持ちで、刹那なんかきり丸モードだと、普段との
		ギャップが結構デカい。
		そいつらと、遭遇しただけなら別に何も気にしないというか、むしろ記憶持ちの後輩に会えるのは割と
		楽しいらしいんだが、問題は

		「……三郎が、またしんべヱのほっぺをむにむにしてた」
		「あー。アイツ、記憶も変装の必要も無くても、ホントしんべヱお気に入りなんだな」

		らんきりしんの内、1人だけ前世のことを憶えていない福富しんべヱこと福富新平は、今世でも貿易商の
		ボンボンで、相変わらず食い意地がはっていて顔が丸い。そして、三郎は妙に新平のことを気に入って
		いて、会う度ほっぺたを揉んだり伸ばしたりしていて、その様が前世と被るからか、雷蔵は新平を
		愛でる三郎の奴を見るのが辛いらしい。

		ついでに、前世のことは憶えていない筈の三郎が、憶えているとしか思えない態度をとる相手はもう
		1人居る。その人は、オレらの1個上の学年の担任なんだけど、中学の入学式で顔を見るなり「曲者!」
		って叫んで、「先生に向かって何言ってるのかぁ、君は」とか呆れられてたけど、傍に居た雷蔵曰く

		「表向きは呆れてたけど、『ああ、君は憶えてるんだ』とも呟いてたし、結構楽しそうに見えた。でも、
		 よくわかったよねぇ、あの姿で」

		とのことで、オレらが知ってんのは火傷に全身覆われた包帯男の姿なんで、確かにどっこも怪我してない
		あの顔見てわかったもんだと感心するしかない、元曲者こと、タソガレドキの忍び組頭だった雑渡昆奈門
		だった。しかも、後から聞いた話に依ると、生まれ変わりじゃなくて、室町の世から生きている本人らしい。
		内容の信憑性はともかくとして、そのことをオレらに教えてくれたのは、相変わらずアノ曲者の
		ストーキング対象で、しかも今は受け持ちの生徒なオレらの前世の先輩で、色々ややこしいんで
		「千幸先輩」とか「ちさ先輩」って呼んでる食満千幸(けま  ちさき)先輩なんだけど、勘は
		ともかくオレは、なるみと歩以外の女子を名前で呼ぶことはほとんど無いんで、何でちさ先輩だけ
		名前呼びなんだよ。なんてツッコミが三郎からは入ったこともあるけど、仕方ないだろ。「食満先輩」
		っていったら、別の人というか、ちさ先輩のお父さんを指すんだから。

		そう。ちさ先輩こと、元善法寺伊作先輩は、級友だった食満留三郎先輩の娘に生まれ変わっていて、
		あの代は6人全員前世の記憶持ちらしい。しかも、ちさ先輩以外の5人は同い年で、ちさ先輩も一度は
		同級生に生まれたけど、事故って亡くなり、食満先輩の娘に生まれ直したとか聞いたけど、どれだけ
		不運なんすか。

		「んー。相変わらず不運エピソードには事欠かないけど、それだけじゃないしね」

		そう言って笑うちさ先輩を、去年三郎の馬鹿が「運命の人」と間違えた時が、一番なるみの凹みっぷりが
		酷かった。ちなみに「運命って信じます?」と訊かれた時の先輩の答えは

		「ううん。全然。あと私、過保護な父さんと、『16歳になったら嫁に来い』って割と本気で言って来てる
		 父さんの友達と、なんかストーカーっぽい担任の先生で手一杯だから、君の相手まではしてられないや」

		とかいうものだったらしく、むやみやたらに濃い周囲だなと思ったら、それぞれ食満先輩と立花先輩と
		雑渡昆奈門のことだと聞いて、やけに納得してしまった。
		そんな訳で、三郎の勘違いは流したけど、オレらとはそれなりに親しくしてくれてるちさ先輩は、他の
		前世からの知り合いも多いみたいだし、一回多く生まれ変わってて元々保健委員で相談慣れしるし同じ
		女子同士。ってことで、雷蔵の相談や愚痴にもよく付き合ってくれていて、
		「前世の記憶が無い筈なのに、前世のことを踏まえたような言動をするのは、伏木蔵もみたいなんだよね」
		とか、
		「僕の代は割とみんなはっきり憶えてるけど、断片的にとか、その年代の時の記憶しかない子もいる
		 みたいだよ」
		なんて教えてくれたり、オレや勘には答えられなかった
		「何で三郎は何も憶えてないんだろう」
		って疑問にも
		「もしかしたら、鉢屋にとって、ものすごく嫌だとか辛くて思い出したくない記憶があって、
		 そのことへの引き金になるから、他のことも思い出さない。ってことじゃないかな?」
		なんて仮説をくれた。

		曰く、ちさ先輩自身もどうしても思い出せないことがあって、どうもその前後に何かあったことだけは、
		何となくわかっているので、三郎も同じような理由で、全部忘れたんじゃないか。とのことで、その
		仮説が正しかったことが、ある日突然証明された。




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