SIDE H(4)
三郎の夢の中で、オレと兵助と勘の3人が、モブから昇格したらしいことを聞いた数日後。
朝っぱらから、雷蔵に勘共々近所の公園に呼び出された。
目覚ましにしてるアラームかと思ったら着信音で叩き起こされ、寝ぼけ眼で取った電話越しの雷蔵の
声は震えていて、何があったのか訊いたら公園まで出て来て欲しいと頼まれた。その直後、勘からも
「はっちゃんも雷蔵から連絡来た?」との電話が掛かってきたんで、答えながら、寝間着代わりの
ジャージのまんま家を出て公園に向かうと、勘も見慣れた甚平だったのはともかく、オレらを待って
いた雷蔵本人も―一応今は女子だってのに―着古したTシャツにハーフパンツだった。
しかも、オレの携帯の着信履歴からすると、オレらが出るまで何度か掛け続けてたみたいで、その間
ずっと早朝の薄寒い公園に居たらしく、顔色は真っ青で肩に手を置いた勘に「こんな冷え切っちゃって、
大丈夫?」と心配されていた。
「大丈、夫。……ごめんね、こんな朝早い時間に。ちょっと、聞いて欲しい話があって」
顔色の悪さは、多分寒さの所為だけじゃなくて、三郎と兵助が居ないってことは、前世絡みの話だろうな。
ってことは、公園に着いた時点でわかってたけど、わざわざこんな時間に呼び出してまでするなんて、
どんな内容なのかと、オレと勘が首を傾げていると、雷蔵は「……思い出したんだ」と話し始めた。
「何もかも、全部思い出したんだ。何で、三郎が何も憶えて無いのかも」
「ちょっと待て。何で、お前が三郎が忘れたことを思い出すんだよ!」
泣きそうな顔で、ポツリポツリと語り出した雷蔵に、反射的に突っ込みを入れると、
「伊作先輩が言ってたよね。『何か、絶対に思い出したくないような出来事があったんじゃないか』
って。その出来事を、思い出したんだよ」
そう答えてから、一つ深呼吸をすると、雷蔵は結論から話を始めた。
「三郎は、僕を殺したことを思い出したくなくて、全てを忘れたんだと思う」
「は? え? アノ三郎が、雷蔵を殺した!?」
「そう。しかも、僕の望みで」
「うーん。それ、どういう状況だったの?」
衝撃的すぎるというか、あり得ない状況に、オレと勘は揃って首を傾げた。
「僕と三郎は、忍術学園を卒業してからも、一緒に生きてたんだけど、とある忍務の時に、追っ手の
射かけた毒矢を、僕が食らってしまったんだ。しかも、解毒はまず不可能な毒の塗られた矢を」
曰く、捕虜などを使った人体実験で、えげつない毒を次々に創り出していることで悪名高い城に、
その毒の製法を探りに行く忍務を命じられ、無事製法は手に入れたが、撤退時にやられたらしい。
「どうにか追っ手は返り討ちにしたけど、毒の方は短い時間だけどじわじわと身体も心も蝕んでいく。
っていう、心底趣味の悪いものなのも、解毒薬が存在してないことも探って解っていた。だから、
三郎1人でも一刻も早く帰還して忍務を果たすために、毒が回り切る前に僕を殺して、亡骸を始末
して欲しい。って頼んだんだ」
「……経緯は解った」
「状況的に、その選択が最善だろう。ってことも、解らなくは無い、ね」
足手まといにならないために。とか、身元を隠すために遺体を残すわけはいかない。ってのは、三郎の
奴だって重々解っていたとは思う。それでも、オレらが知る限りでは、雷蔵至上主義だったアノ三郎に、
雷蔵を手に掛けるなんて出来るのか?
「もちろん嫌がられたよ。だけど、『こんな悪趣味な毒じゃなくて、君が良い』って頼んだら、苦渋の
決断で頷いてくれたんだ」
それは、正に殺し文句。ってやつだな。しかも、卒業後どれだけ迷いグセが改善されたか知らないが、
転生した今の感じからすると、完全には無くならなかった雷蔵が、状況的に多分ほとんど迷うことなく
その選択をしたとすると、三郎の方が悩んだり迷うわけにいなかっただろうし。
「そんなわけで、僕を殺して、忍務を遂行した後、すぐに戻って来て後を追ったのか、それとも『鉢屋
三郎』を消して『不破雷蔵』として生き続けたのか。そこまではわからないけど、その結末を思い
出したくないから、そこに至るまでの全てを忘れた状態で生まれ変わって来たんだと思うんだ」
なのに、未練たらしく幸せだった頃の夢は見るわけか。マジでワガママで甘えただな、アイツ。
そうオレがこぼしたら、雷蔵というかなるみは、「ホントだね」と苦笑してから、両手で自分の顔を
パチリと叩くと、決意を決めた顔でオレらに向き直った。
「うん。決めた。前世のことは前世のこと。って割り切って、『不破なるみ』として、三郎に告白する。
それで、だめだったら、三郎のことは諦めて忘れる!」
そう言って、迷いを吹っ切った顔で笑うなるみに、ここまでされてもまだ夢がどうとか三郎の奴が
言うようなら、オレらがぶん殴ってやるから。と請け負ったけど、正直どっちに転んでも一発
食らわしてやんねぇと気が済まないかも。と付け加えたら、なるみは「それもアリかもね」と笑った。
今回だけ、三郎とハチが逆になっています
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