前世では友人で、その当時の記憶があるとはいえ、現在は表向き親子や父の友人達と友人の娘。という
関係なので、親世代の5人が千幸を呼び捨てにしてタメ口を利いてもおかしくは無いが、千幸は人目の
ある場所では、5人に対して敬語を使い、苗字に「さん」を付けて呼ぶ。
しかし、小平太は
「ちっちゃい頃の名残。ってことにすればいいじゃん」
と名前で呼ばせ、仙蔵も小平太に同意するどころか、
「仙ちゃんと呼べ」
などと人前でも堂々と要求し、長次もどちらかと言えば名前で呼んだ方が喜ばれる。
そんな中文次郎だけは、僅かでも他人に聞こえる可能性のある場所では、頑なに「潮江さん」と呼ばせる一方、
他のメンツのように、「友達の子」をフル活用して目一杯甘やかすどころか、1人で会いに来ることすらない。
大抵、全員揃うような時にしか顔を出さず、それも自主的にではなく誰か―仙蔵か留三郎のことが多い―に
引きずり出されてようやく。ということが殆どな文次郎に、初めの内―千幸が幼児の頃―は、女児に生まれ
変わって来た元友人の扱いが解らないのだろう。と、他の4人は解釈し放っていたが、あからさまに避ける
ような行動を取っているように見えたり、外見は幼いまでも、あまり子供扱いしなくてもいい年になっても
一向に一歩引いたままなのは妙な上に、「現世の伊作は自殺した」と信じていることも引っ掛かり、ある日
「何で、文次はちーちゃん避けてんの?」
ずばりとそう訊いたのは小平太で、
「伊作と千幸。お前が避けているのは、どちらだ」
そう、核心をついた問いを重ねたのは長次だった。
「……言えねぇ」
「ということは、ちさを避けていることは認めるのだな」
元ろ組の2人の問いに、目を逸らし口を噤もうとした文次郎の言葉尻をとるように仙蔵が指摘すると、
文次郎は言い逃れをしようと口を開きかけてから、数秒考え込み
「そうかもしれねぇな」
とだけ呟いた。
「何で。どうして文次は、僕を避けるの!? 前世の僕が、何かしたっていうの?」
解りきっていた文次郎の答えに、他の4人は理由までは解らないまでも「やはりか」と納得しようとした。
けれど、同じく避けられている事を解っていたであろう千幸当人が、前世の事故前1週間の記憶だけが
欠けているもどかしさも相まっているのか、文次郎を問い詰めようとした。
「……それは言えねぇし、覚えてないなら思い出すな」
掴みかかって来た千幸と目を合わせず、それだけを告げると文次郎は、説明を求めて引き留めようとした
留三郎などを振り払い出て行った。
しかし、逆にそのことにより、前世の伊作と今世の文次郎か、もしかすると室町の時にも何かあり、それを
文次郎は引き摺っている。という事実だけが判明したが、千幸には心当たりが無かった。
とはいえ、他の4人も全員が明確に全てを覚えている訳では無く、特に死因についてはうっすらと
「たしか、50前位の時に戦場でやられたんだったと思う」
「三十路は越えていた筈だけど意外と早くて、誰かと戦って負けた気がする」
程度にしか覚えていなかったりするので、死の直前や死因にまつわることならば、覚えていなくても特に
不自然ではなかった。
それでも、懸命にきっかけを探し、原因を思い出そうとしている千幸に
「直接の原因かは解らんが、1つ、繋がりそうな事実を知っている」
そう告げたのは、仙蔵だった。
2011.1.11
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