「文次郎。お前は、自分の死因を覚えているか?」
仙蔵がそう問うた時。問われた文次郎本人も、周りで聞いていた他の4人も、それは
「千幸は伊作だった時の死因を覚えていないが、お前は覚えているか」
という意味だと解釈した。
その為、文次郎は今まで通りだんまりを決め込もうとした。けれど、墓地から食満家に移動し、居間の中央に
文次郎を座らせ、5人でそれを囲むように腰を下ろすと、余裕たっぷりに笑いながら再度問い掛けた仙蔵が、
指先で細身のペン―に見えるが、おそらくは自作のスタンガン―を玩んでいるのが目に入ったため、
「……正確じゃねぇが、三十路の半ば頃に、どっかの城に忍び込んで、そこの城の忍者隊の奴に負けた筈だ」
とだけ答えた。すると仙蔵は、まるでその答えを知っていたかのような、満足げな表情で頷き、当然の
如き口調で、こう告げた。
「ああそうだ。我が城に忍び込んだ鼠が、旧友であることを知り、せめてもの情けとして、組頭であった
この私御自らが、直々に手を下してやった」
「なん、だと?」
「聞こえなかったか? 『私が、お前を殺した』と言ったんだ」
耳を疑い聞き返した文次郎に、仙蔵は「何を驚いているんだ」とでも言いたげな顔で、要点だけを繰り返した。
「まがりなりにも、元級友だからな。卒業時の能力から、あの時点でのおおよその力量の想像はついた。
そしてその想像からすると、部下達では敵わぬ可能性もあると判断し、私が相手をしてやったのだから、
そこまでの評価を受けたことを、光栄に思え」
恩着せがましい言い方ではあったが、確かに逆の立場であったならば、自分も同じ行動に出ていた可能性は
高い。それがあの時代の自分達の選んだ道で、お互いを認めていたのも事実だ。と、その点に関してだけは
文次郎のみならず、他の全員もすぐさま納得出来た。
「だからな、文次郎。あの時代の伊作を殺したのがお前であったとしても、誰も―伊作自身すら―、お前を
責めはしない。……そうだろう、お前ら?」
仙蔵の隠し玉はこの事実と推測で、推測が限りなく正答に近い確信もあったという。
「そうだな。俺も、戦場で顔見知りの奴を見掛けたことは結構あったし、戦場で死んでるんで、もしかすると
その中の誰かにやられた可能性もあるしな」
「そっかぁ。確かに文次相手なら、いさっくん油断しそうだしねぇ」
「……有り得なくは、無いな」
仙蔵に水を向けられた大人3人は、そういって大いに頷き、千幸自身も
「僕は薬師をしながら情報屋みたいなこともしてて、文次は何処の国にも属して無かったから、僕か、僕の
持っている情報が邪魔になったどこかの殿様か何かに、文次が暗殺依頼されても、何にもおかしくないね」
と、少々他人事のように納得していた。
「さて。皆このように言っているが、真相はどうなのだ?」
「……確かに、伊作を殺したのは俺だ。それは認める」
思いの外あっさりと、文次郎が己の推論を認めたことに、仙蔵は少々拍子抜けしたが、逆に
「その事実だけは認めるが、それ以上は一切しゃべらない」
という意思表示でもあるのだと見抜けたので
「その時に何かあり、それを未だに引き摺っているのかどうかの詳細は、ひとまず訊かないでいてやろう」
と、あっさり引き下がった振りをして、今度は「千幸は誰の子だ?」と問い掛けた。
「食満の娘だろ」
怪訝そうに答えた文次郎に、
「ああ。けどな、女なら、行きずりだとか相手を隠したまま1人で産むことも出来るが、生憎俺は昔も今も
男なんで、実の娘である以上は相手が居る。……千幸を産んだ、俺の嫁さんが何者だか、覚えてるよな?」
そう、仙蔵に代わって問い返したのは留三郎だった。
「……伊作の、姉貴」
「そう。対外的には、両親を事故で亡くし、必死で育てた弟まで亡くした挙句、自分も幼い娘を置いて
事故で逝ってしまった、運に見放された看護師だった」
その留三郎の表現で、文次郎は自分以外が「伊作に自殺は有り得ない」と主張する根拠に気が付いた。
「てめぇがどんな根拠を持ってんだか知らねぇけどな、潮江。伊作は、たとえ自分がどれだけ辛い思いを
しようが、とんでもない酷い目に遭おうが、姉ちゃんを独りにしない為に、絶対に自殺なんかする訳が
無かったんだよ」
「伊作が、己よりも他人を優先することも、独りの辛さや遺される痛みを知っていることも、お前だって
知っていただろう? それでも、『伊作は自ら死を選んだ』と信じる理由は何だ」
留三郎と仙蔵に、畳みかけるように言われなくても、文次郎はその事実に目を瞑っていただけだという
自覚があった。それでも、確固たる理由はあり、それは千幸が覚えていない以上は、話さない方が良い
内容だと考え、これまでずっと黙っていたのだった。
「……解った。話しゃ良いんだろ」
ここまで来た以上は、仕方ない。と腹を括った文次郎に、仙蔵や留三郎のみならず、ほとんど傍観者と
化していた小平太や長次まで「勿体ぶらずにさっさと話せ」と急かすような目を向けたが
「ただし、千幸にだけ話して、お前ら全員に明かすかどうかは、千幸が決めろ」
そう宣言すると、有無を言わせず千幸を伴い居間を出て行った。
2011.2.23
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