入学当初は「ドンくさい奴」だった、周囲の伊作の認識が、「ドジっ子」から「不運小僧」に移行
		しつつあった頃。野暮ったい格好を止めれば、案外素材は良いことや、パステルカラーが似合う
		ことも判明していた為、伊作には「善法寺伊作を見守る会」という、非公認―しかし本人も周囲の
		友人達も存在を知っている―ファンクラブが出来上がっていた。
		そのことが何となく気に入らなかったのが、おそらく文次郎が自分の本心に気付いたきっかけだった。

		実質的には、伊作の傍には大抵文次郎を含む友人5人の内の誰か―同じ組の留三郎が最も多い―や、
		所属する保健委員会の顧問である校医の新野などが居る為、「見守る会」は本当に見守る程度のこと
		しか出来なかったが、それすらもムカつき、次第に
		「どうせこけてバラまくだろ」
		などと理由をつけて荷物や補充物を持ってやったり、他の4人が居る時でも、転びそうになったり物が
		落ちて来たら助けたり庇うなど、周囲の見ているだけの連中に見せつけるよう行動に出ることが増えた。
		

		更に、「ヒマつぶし」と称して、手当てをされている最中に「妹の話」という形で本人について趣味や
		嗜好などを訊いてみたり、長期休み中に、仙蔵が選んだパステルカラーを基調とした、フリルやリボン
		などの多い服も、似合うとは思いつつ
		「どれも似たようなぼやけた色でつまんねぇ」
		「んなゴテゴテした格好だから、けつまづいてこけるんだろ」
		などとケチをつけてみたりもした。

		その服の趣味に関してだけは、後になって本人から

		「母さんやお兄ちゃんは、ああいうフリフリふわふわした、可愛い格好が好きでよく着せられてた
		 けど、実は私自身はそんなに好きじゃなかったんだ。色も、あんまり鮮やかなのや寒色系は着た
		 こと無かったから、カモフラージュの意味でも、文次が選んでくれたのは新鮮だったかも」

		との証言があったが、実の所、文次郎自身の好みと、他のメンツが選んだ物と相反する物を選ぼうという
		対抗心が半々で、しかも訊かれたら答えるが、自分から主張したことは無かったりする。
		それでも、5人がそれぞれ選んだ物の中から文次郎が推した物が選ばれたり、あまり考えずとりあえず
		目に着いた中で気に入った物を挙げたら喜ばれたのが、内心こっそり嬉しかったのは、実はかなり早い
		段階からだったりする。


		そんな些細なことの積み重ねから、中等部3年の夏休み明けに学園で顔を合わせ、挨拶と共に笑顔を
		向けられた時に、文次郎はようやく自分が伊作に惹かれていることを自覚した。けれどそれ以降も、
		なるべく以前と変わらない態度を貫いていた。

		転機がやってきたのは、それから2年近く経った、高等部2年の夏休み前。
		文次郎が、「柔道部の試合を見に来ていた、他校の女生徒から告白されたが振った」という噂が、
		他の柔道部員によって流された。しかも、どうも
		「他に好きな奴が居るから」
		のような答え方をしたらしい。との情報もあった。
		そのことについて、文次郎本人はどれだけ問い詰めても一切口を割らなかった。けれど、ある時手当て
		中に伊作が
		「噂を聞いたけど、勿体無いことしたんじゃないの?」
		などと、ただの雑談として話題にすると、
	
		「別に。今の所、お前以外に興味ねぇし」

		との答えが返ってきた。しかしそれは、無意識の内に口に出してしまった、ある意味失言だったようで、
		すぐさま「今の、聞かなかったことにしろ!」と、文次郎は慌てて撤回しようとした。


		「あ、うん。まぁ、別に聞かなかったことにしても良いけど。でも、そっかぁ。気になってる相手って、
 		 僕のことかぁ」

		手当ての手が止まり、目を丸くしながら納得しようとしている伊作の反応が、何処となく嬉しそうで
		照れているようにも見えなく無かった文次郎が、試しに

		「……ちなみに、ナシにしなくても良い。っつったら、お前はどう思う」

		と、恐る恐る訊いてみると

		「えっと、悪い気はしないから、別に付き合っても良い、かな?」

		という、完全に想定外の答えが返ってきた。


		「マジかよ」
		「うん。ただ、まぁ、普段は隠さないといけないし、お休みの時も2人だけで何か……。っていうのは、
		 ちょっと難しいかもしれないけど、それで構わないなら」

		正直な所、口が滑っただけなので、拒絶さえされなければ恩の字だと文次郎は思っていた。そして自他
		共に認める堅物―そしてついでに結構ヘタレ―な為、他の友人達より多少特別な存在扱いをされる位で
		ひとまずは充分で、それ以上はまぁその内……。程度が限界だったりもしたので、

		「んじゃ、そういうことで」
		「うん。よろしくね」

		というノリで、何故か付き合うことが決まってしまい、その報告は一応伊作の口から他の友人にしたが、
		やはり勿論のこと文次郎は連日のように総攻撃を食らうことになった。けれど、よく考えてみるとその
		怪我を手当てするのは伊作の役目で、しかも手当て中は2人きりなことが多いのに気付き、次第に直接
		攻撃では無く、言葉や態度で圧力をかけていびり、用事を押し付けたり、ことごとく邪魔をしてみたり
		することの方が増えていったという。
		
		そんな友人達の行動を、文次郎は―時々キレつつも―ある程度は甘んじて受け、伊作も何故か笑って
		放置していた。そんな当時の伊作の真意は、文次郎だけでなく、他の友人達の誰にも読めなかった。



続く


かなり前に書いた、独白4部作(特に「ほの甘い感情」)ベースの、少し具体的な内容。 ってな所ですかね。……にしても、青臭い文次郎を書くのは楽しい(笑) 次は、一応伊作の理由と本音編で、その次からは前に 書いた最終話を分割して細かく書く予定です。 2010.7.16