私は、生まれた時からお兄ちゃんのオマケで、母さんのお人形さんだった。それは、実は名前を見た
だけでも分かる。何故なら私の名前の元の「Isaiah」を辞書で引くと、預言者名で男子名だと書いて
あるから、お兄ちゃんの「Isaac」とセットにするために、無理矢理探してつけたとしか思えない。
(まぁ、長次がつけてくれた偽名の方も、「Elisha」で引くと男子名だけど)
父さんにとって大事なのは、病院とその跡継ぎであるお兄ちゃんだけだから、私なんかどうでもよくて、
母さんにとっての私は、自分の理想を叶えるための道具のようなもの。それを一番強く実感したのは、
勿論アノ事故の後。
実は私達は、2人揃って事故に遭い、外傷が酷かったのは私の方だけど、打ち所が悪かったのか意識が
戻らなかったのがお兄ちゃんの方だった。そして事故に遭ったのは家の近所だったから、当然のように
搬送先はうちの病院だった。だから両親は、私達を入れ替えることを思い付いたんじゃないかな。
父さんは、院長であると同時に、かなり腕の良い外科医で、代々うちの病院に勤めていて、絶対に秘密を
洩らしそうにない腹心の医師や看護師も居るし、元看護師で超過保護な母さんが、他の誰かに任せるのを
嫌がり、身の回りのこと全てを一手にを引き受けても不自然じゃない。そして、かなりのシスコンの兄が
妹の病室に入り浸っていることも、「騒がれるのは厭」と面会やお見舞いをほとんど拒んでも、そんなに
不自然じゃ無かったりもする。
初めの内は精々数ヶ月で意識が戻るだろうから、それ位なら誤魔化せるつもりだったんだろう。だけど、
予想に反し、1年経っても2年経ってもお兄ちゃんの意識は戻らず、私を大川に進学させたのは、多分
相当苦渋の選択だったんだと思う。
大川に入る前は、お兄ちゃんの振りをし続けるのは大変で嫌だったし、「バレたらどうなるんだろう」と
いう不安もあって、早く元に戻りたいと思っていた。そして、大川に入学してからも、それまでの全部を
引き継いで、私に戻らなきゃいけない日がいつか来るのは解っていた。だけど、経験や知り合いが増えて
いくにつれて、どんどんそれらを手放すのが惜しくなって、
「いっそ、このままお兄ちゃんの目が醒めなかったら」
なんて考えたのも、一度や二度じゃない。
でも、もうタイムリミットは決まってしまった。
身体の方のリハビリや、記憶と勉強の詰め込みが必要だし、途中で入れ替わるよりは違和感が少ないだろう
から、卒業まではこのままということになった。だけど卒業したら、僕は私に戻り、しかも今度は10年近く
眠っていたから、中身がまだ少し幼い振りをしなければいけない。
そう決まった矢先に、文次郎が他校の子に告られたという噂と、片想い相手が居るらしい噂を聞いた。
それが、何だか年相応に青春を謳歌しているように思え、すごく羨ましくて、同時に少し妬ましかった。
多分この先の私には、自由なんか全く無くて、しかもお兄ちゃんは私を溺愛しているから、どんな相手
だろうが猛反対した挙句、
「一生2人きりで良いよね?」
とか言い兼ねない気がするから、恋なんて出来っこなくて、だけどその内、親にとって都合の良い相手に
嫁がされるのがオチだろう。そんな風に思っていたから。
だから、さりげなく、雑談めかして「勿体無い」と文次郎に言ってみたのは、私なりの精一杯の皮肉の
つもりだった。なのに、そのことによって、想い人は私だという、思い掛けない告白をされてしまった。
その事も、真っ赤になって前言を撤回しようとする文次郎も、何だか悪くない。と思えたし、文次郎には
「ホントはあんまりレースやリボンは好きじゃない」
とか、
「ピンクやパステルカラーは嫌いじゃないけど、そればっかりは飽きた」
とかいう服なんかの好みから、
「一緒に男の子の遊びをしてみたかった」
「母さんの『あなたの為に言っているの』は、全部母さん自身の自己満足でしかなかったんじゃないか」
なんていう本音まで、お兄ちゃんにも仙蔵にも言ったことの無いというか言えなかった話を、―「多分」
とか「いっちゃんはこう思ってたんじゃないかな」みたいな推測の形を取ってだけど―結構したことが
あったから、お兄ちゃんの代わりでも他の人の好みや理想に従っているんでも無い、「素の私」を少し
だけとはいえ知っているし、「多分、コレが最初で最後の機会だろうな」なんて考えもよぎったから、
本当の理由は隠したまま、その想いを受け容れてみた。
正直、この程度の理由で付き合うのは、結構本気で好きになってくれてるっぽい文次郎には、失礼だって
解っていたし、仙蔵が私のことを好きなのかもしれないことも、本当は薄々気付いていた。でも、仙蔵は
元々私ともお兄ちゃんとも友達で、実家も遠くないから、卒業してからも繋がりは無くならないだろうし、
私の中で仙蔵―と、留さんと長次も―は、お兄ちゃんと限りなく近いポジションだったから、期限付きの
内緒の恋愛の相手にはなり得ない。そんな理由も、無いとは言い切れなかった。
親にもお兄ちゃんにも秘密だということと、「恋人ごっこ」レベルでも、一応恋人が居たということ。
それらの想い出を糧に、その先の籠の鳥の日々を過ごす為の、一種のおままごと。
最初の内は、そんなつもりだったのに……
続く
おそらく『甘い毒』や『甘辛い評価』よりは若干マシだけども、
やっぱりちょっと暗めの、伊作の本音編でした。
けど、ちょっとずつ設定を変えた結果、割とこの先のラブ度は上がった……筈です
2010.7.24
戻