6.半助兄さん(5の派生)
私の家族は、事故で亡くなった両親と、3人の弟達だけである。……にも関わらず、現在我が家の台所
では、バレンタインデーのチョコ菓子作りが行われている。しかも本を見ながら指示や説明をしたり、
手伝ったりと、指揮を執っているのは、私のすぐ下―といっても、10歳違いだが―の弟兵助である。
ことの起こりは、同じマンションの木下さんの所の三治郎(小3)が、「今年は自分がチョコを作って
贈りたい」と言い出し、去年同じクラスの女子に指導しながら作った実績のある―ことがそもそも
おかしい気がする―兵助を頼ってきたことだった。そして「ついでだから」と、末の伊助(三治郎と
同い年)が友チョコ作りとして参加し、更に「面白そうだな」と、三治郎の兄の孫兵(中3)も混じって、
男4人で何を作るか本などを見ながら打ち合わせ、材料の買い出しに行き、現在作成中。といった状況
なのだが、正直な所、久々の休日だからといって家で過ごそうとせずに、出掛けてしまえば良かった。
と、本気で後悔している。
何故なら――
「三治郎は、兵太夫1人分だし、器用だから少し凝ったものでもいいかもしれないけど、あまり難しく無い
方が良いよな。とすると…俺はトリュフ辺りが無難な気がするけど、どうする?」
「うーん。ちょっとシンプル過ぎて、つまんない気もするかなぁ。見た目も地味っぽいし」
「だったら、チョコの種類をホワイトチョコに変えて抹茶をまぶすとか、イチゴチョコって手もあるな。あと、
ラッピングを工夫するのもアリじゃないか?」
「良いかもしれないですけど、分量とかは同じでいいのかな?」
「ああ。確か同じで平気な筈だ」
……。何故、そんなアレンジ案がすぐに出てきて、分量も判るんだ? 作ったことあるのか? あると
したら、いつ、誰に……
「伊助はクラス全員とあと何人かだから、一気に沢山作れた方が良いわけだろ。だったら、ブラウニーと
チョコバーとショートブレッドとクッキーとスノーボール。どれにする?」
「うーんと、じゃあ、ブラウニーで。さっき見つけたチーズブラウニー美味しそうだったし」
「解った。……孫兵は?」
「この、ガトーショコラって、難しいですか?」
「いや。意外とそうでもない」
「ならこれにします」
……兵助。私には、今出てきたお菓子の名前は半分位しか解らなかったんだが、どうしてお前はそんなに
詳しいんだ?? そして孫兵。それは、誰かにあげる為に作るのか? それともただ単に、作ってみたい
だけなのか?
「兵助兄ちゃんは、何作るんですか?」
「ん〜、うちの兄弟とお前ら位しかあげる相手いないからなぁ、何が良い?」
「ハチ兄なら、何でも喜ぶと思うよ」
「そうか。……だったら、誰かと同じの作った方が、見本にして説明しやすいし、安上がりだよな」
私は、どこにツッコミを入れるべきなんだ、コレは?
――等々、打ち合わせの様を見ている段階から、色々と複雑な気分で、作っているのを眺めている今も、
兵助の手際の良さとか手慣れた様子もだが、他の3人もそれなりにうまいのが、何とも言えない。
更に、
「孫兄のソレって、兵ちゃんのお姉ちゃんにあげるの?」
「そうだな。ただの興味本意で、面白そうだから作ってみただけなんだけど、他に居ないし」
「じゃあ、兵ちゃん達には、黙っておいてあげるね」
「ああ。その方が良いだろうな」
どういう意味だ? 兵太夫の姉の藤内とは、本当はどういう関係で、口止めの必要性があるのか?
などと訊きたかったが、何故か3番目の三郎次に止められた。どうも三郎次の友達―久作や左近―曰く、
「触れない方が良い」
話題らしい。
そんなわけで、現在私は、色々と消耗しつつ弟達のチョコ作りを眺めている。
伊助はともかく兵助がいつか嫁に行きそうで恐ろしいのか、伊助もその内兵助のようになる可能性を危惧
すべきなのか。そこの所は、ひとまず考えないでおこうと思う。
追記
兵助がお菓子作りに慣れていたことに関しては、兵助の友達で木下家の長男の八左ヱ門から
「アイツ、去年女子共に色々相談されたり作るの手伝わされたみたいなんで、その時覚えたんじゃないすかね」
との証言があり、三郎次にも
「そもそも、昔から母さんやおばさんに付き合わされてたのを、それなりに楽しんでたから、お菓子作れるん
じゃないでしたっけ」
と言われた。……確かに、娘が欲しかった母さんと山田の叔母さん姉妹が、代わりに兵助を女の子に見立てて、
色々と遊んだり仕込んでいた時期もあった気はする。
けれど、果たしてそれだけが原因なのか。深くは考えない方が、精神衛生上良いのは、間違い無いだろう。
7.尊奈門(多分現在)
「……しろ」
「なぁに尊ちゃん?」
「1年か5年か4年の教室に行くのに、ついてきてもらえる?」
「何しに行くの?」
「おじさんから、『伊作先生んちの子に、渡してもらってきてねv』ってチョコを預かってて……」
「えっと。じゃあ、5年生の所に行こうか。うちの三之助兄ちゃんも居るし、さも兄の方が、左吉より簡単に
渡してくれそうだし、作兄も居るから」
「うん。……やっぱり、最難関は1年の片方か、4年の娘さんかなぁ」
「ううん。さっちゃんも左吉も手強いけど、中学生の数兄が一番だと思うよ。だって、お父さんのことまで
嫌いだもん」
「そうか」
「所で、尊ちゃんのおじさんのチョコって、手作り? それとも買ってきたやつ?」
「手作り。……もう、レース付きのピンクのエプロン付けたおじさんなんか見たくないし、失敗した試作品を
思い切り食べさせられた所為で当分チョコ見たくないし、汚しまくった台所掃除したのは俺だし……」
「そっかぁ。じゃあ、うちのお母さんから、『友達にあげるといい』ってチョコ多めに貰ったけど、いらない?」
「悪いけどいらない。……持って帰っておじさんに見つかっても困るし」
8.鉢雷母子(現在)
雷蔵がチョコをくれるというので出向いたら、ついでに「勘ちゃんに渡して」と、ラッピングされたチョコを
預けられた。しかし、義理だろうが友チョコだろうがアイツなんかに雷蔵の手作りチョコをやりたくなかった
ので、帰ってから勝手に開けて食べたら、何故か辛かった上に、中に紙が入っていてこう書かれていた。
「試してはみたけど、まさか同じことするとはね。本物は、君に渡した方です。それをちゃんと勘ちゃんに
あげないと、君の分は今年の本物も、来年からもナシです」
何のことか解らず、とりあえず雷蔵にメールをしてみると、
「18年前に、お前の父親がほぼ同じことをしたんだ」
と返ってきた。そして、翌日学校で勘右衛門に渡すついでにそちらにも訊いてみたら、腹を抱えて笑われた後、
顛末を話してくれた。
ちなみに、私がダミーを食べてメールをした後、雷蔵は勘右衛門にそのことを電話で話したらしく、その時にも
ひとしきり笑ったが、私のふてくされた顔が父親と同じなのも、大いに笑えたのだという。
拍手お礼の派生的なモノ
8本合わせても、ラブ要素ほぼナシとかどうなんでしょうね
2010.2.12
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