今を遡ること13年前。
潮江文次郎(21歳 会社員)が帰宅すると、
出迎えてくれた妻伊作(20歳 保育士)は、
何か赤いモノを抱えて微笑んでいた。
その赤いブツの正体は、何となく判る。
何しろ、12/24の夜の出来事なのだから。
「…コレを、俺に着ろと」
「うん」
拡げてみれば、それは案の定サンタ服で、
ご丁寧に白髭と大きな袋まで用意されていた。
「物心ついてないガキ相手に、ここまでした所で、
どうせ記憶に残りゃしねぇから、意味無いとは思わないか?」
潮江さん家の長男数馬くんは、この当時10ヶ月。
お父さんやお祖父ちゃんの顔を見ては泣く、
人見知り真っ只中の赤ちゃんだった。
「甘いよ文次。『刷り込み』って侮れないんだから。
…でも、嫌ならいいよ。父さんかお兄ちゃんに頼むから」
言うなり電話に手を伸ばそうとした伊作を止める。
義父の長次は、もう1人の孫(藤内 明日で満1歳)の所へ
行っているだろうから、頼むのは自分を敵視している
義兄留三郎になる筈で、奴に借りは作りたくない。
そして、文次郎とてそこまで嫌なわけではない。
ただ、少し恥ずかしかっただけなのだ。
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それから13年。
乳児だった数馬は今や中学生になり、さらに
その下にあと6人もの子供に恵まれた。
しかし現在伊作は、その子供達の半分を連れて
家出中である。理由はよく解らないが、
とりあえず「文次郎に対して怒っている」らしく、
春に出て行ってから既に9ヶ月近い。
けれども、家に残して来た子供達ともひんぱんに
会っているようだし、足りないものや着替えを取りに、
文次郎が居ない隙を狙っては帰って来ているらしい。
ただ不可解なのが、こっそり帰って来た際に、軽く掃除を
していったり、おかずの作り置きを冷蔵庫や冷凍庫に残して
いくことが多々ある上に、顔は合わせようとしないのに、
電話やメールは気軽にしてくるのだ。
そして今年の12/24。仕事を終えた文次郎の携帯電話には
1通のメールが届いていた。その内容は…
「from:伊作
sub:Merry Christmas
洋おじさんの所でクリ
スマス会してます
今日はみんなこっちに
泊まるそうです
サンタ服とプレゼント
の袋は、居間に用意し
ときました
着て来てねv」
゛洋おじさん゛こと、伊作達の伯父新野洋一の家は、
潮江家から徒歩5分弱だが、住宅街のど真ん中にある。
つまり「サンタコスで来い」という羞恥プレイの要求な
わけで、従わなかった場合は、年内に帰って来る可能性は
完全になくなるのみならず、他の連中―数馬やら左近やら
仙蔵やら留三郎やら、もしかすると小平次や長次―にも
散々叩かれるのは確実である。
何しろこの場合の「みんな」には、子供達だけでなく、
親兄弟一家まで含まれているのだから。
結局、文次郎がこの要求に従ったのか。
そして伊作は帰って来たのか。
それは、また別の機会に
戻 当日