孫兵がこの町に越して来たのは、7歳下の弟の一平が生まれる2〜3ヵ月前。だから小学校に入学した時から
	一緒な訳だけど、直接知り合ったのは、お互いの弟妹が保育園に通うようになった頃。
	といっても、始めの内は保育園やお互いもしくは共通の友達の家に遊びに行っている弟妹のお迎えの時なんかに
	顔を合わせる程度で、「同級生なんだな」位の認識でしか無かった。
	それでも、数馬も交えて弟妹やその友達なんかの話をすることが次第に増えて行く内に、弟妹抜きでもつるむ
	ことがある友達になっていた。

	小学生の時には「孫兵」だった呼称を、中学に上がるのを期に苗字の「木下」に変えたのは、アイツは虫だの
	蛇だのが好きだという趣味を除けば、見た目は良いので小学生の頃から観賞用として人気があったから、妙な
	邪推をされて、周囲の女子に目を付けられない為。だけど、孫兵の方からは数馬や弟達につられたのか、苗字
	呼びよりも名前呼びの方が多かったし、そもそも俺ら以外に特に親しい相手が居なかったから、数馬と孫兵の
	どちらと付き合っているのかと訊かることは、珍しくなかった。
	その度に
	「数馬は従弟で、木下は下の子同士が友達なだけ」
	みたいに答えていて、それ以上でもそれ以下でもない筈だった。

	だけど、高校も同じ所に進もうとしていた数馬に、一般で受けるつもりの校名だけ教え、黙って違う高校に
	推薦で受かったら、たまたまもう1人の推薦合格者が孫兵だった。
	その頃から、身内には言えないようなグチや相談なんかを、アイツにするようになった。きっかけは、俺の
	進路を知った数馬が騒いだことで、隠していた理由や数馬があんなにも俺に執着する理由を訊かれ
	「いい加減、数馬と少し距離を置きたいんだ」
	と答えたこと。	



	「そもそも、根本的な考え方が、俺と数馬では違うんだ」
	「どういう意味だ?」
	「俺は、生まれてすぐから伊作叔母さんの所に殆ど預けられっぱなしだったから、自分には母親と父親が
	 各2人と祖父さんが3人居て、数馬達のことは弟や妹だと思っていた」

	他の奴に話したことの無いこの話を、孫兵にはあっさりできたのは、木下家もうちに負けず劣らず―というより、
	うちよりも大分―複雑だし、うちの身内の事を知ってから、何となく理解が得られそうな気がしたからだった。
	そして案の定

	「つまり、うちの孫次郎が兵助兄さんを母親と混同しているようなものか。けれど、実のお母さんと
	 叔母さん夫婦や新野先生はともかく、もう1人の父親と祖父というのは?」

	との、的確な例が返ってきた。

	「父親が留伯父さんで、祖父さんは文次叔父さんの父親。左近が生まれる前までは、文次叔父さんの実家で
	 暮らしてたし、留伯父さんは結婚して作を含める自分の子が出来るまで、一般的な父親の役目を殆どして
	 くれていたから」
	「そうか」
	「で、5歳の時に母さんから『父親と弟妹が出来る』って聞かされて、その時初めておじさん達は父さんじゃ
	 ないし、数馬達も弟や妹じゃない事を説明された。けど、今でも俺の感覚としては、数馬は双児の弟のような
	 もんなんだ。それに対して数馬の方は、『生まれた時から一緒なんだから、この先もずっと一緒だ』みたいに
	 思っているみたいで……」
	「確かに、それは相容れないな」

	数馬と俺は2ヵ月違いだけど、孫兵の所の一平と虎若なんか半年以上違って、兄弟になったのは2歳過ぎだけど
	双児のようなんだから、物心つく前から一緒に育てられた俺らが、双児感覚でも無理は無いと思う。とはいえ、
	数馬の言い分も解らなくは無い。だから常に平行線で、俺が数馬を突き放さない限り決着はつかないと考えた。



	そんな話をしたのを期に、高校に入ってからもポツポツその手の話をするようになり、そういう時大抵の場合
	孫兵は、適度に相槌を打つか黙って聞いてから、軽く頭を撫でたりしながら、褒めたり労ってくれた。だけど、
	おそらくそれらの行為には何の他意も無く、撫で方も態度も多分弟達相手と変わらない。
	そう解っているのに、うっかり意識しそうになる。そんなことが次第に増えていき、ついに「何か」が爆発して
	キレたのは、受験勉強で疲れてもいた、高3の冬の事だった。

	「……もう嫌だ」
	「どうした、藤内?」
	「俺ばっかり、お前の言動に振り回されて、意識してるみたいで、馬鹿みたいだ」

	俺が孫兵をグチや相談の聞き手に選んだのは、境遇が少し似ているし、性格上余計な同情はしないと解って
	いたから。だけど、孫兵がそれらを厭わず聞いてくれる理由は解らないし、中2のバレンタインデーに
	「蛇型のチョコが作れそうなら欲しい」
	と言われて作ってやった翌年に、手製の逆チョコをもらったりもした。その動機も、さっぱり解らない。
	しかも最近は、うちの妹達―兵太夫と伝七―や自分の兄弟達―特に兵太夫達と同い年の三治郎―にその辺りの
	ことを訊かれても、何も言わずに笑って誤魔化してるとか聞いたし……

	「俺は、お前にとって何なんだよ」

	泣いて駄々をこねるなんて、小さな頃にも殆どしたことが無い(そういうのは、数馬や妹達の分野だった)。
	だけど、もう構うもんか。そんな風に、半分自棄になっていた。


	「……好きな子?」
	「何で疑問形なんだよ!?」

	呆気にとられて、涙も引っ込んだだろうが。

	「今、改めて考えてみたら、そうなんだろうと思ったからだ。……ああ、でも、中学3年の時に何の気なしに
	 作ったチョコを、お前に渡すのかと三治郎に指摘された時に、アリだと思ったのも、そういうことか」

	ちょっと待て。何しみじみと納得しているんだよ。そんなに落ち着かれていると、俺がどうしたらいいか解らない
	だろうが。……とはいえ、大真面目に告られたりしても、まだ混乱していてどう反応していいか解らないけど。

	「とりあえず、お互い少し考えてみる時間があった方が良さそうだな」

	混乱している俺の心情を汲んだのか、単に自分がもう少し考えをまとめたかっただけなのか、また頭を軽く撫でて
	そう言われた時点で、俺の答えは出た。孫兵自身に自覚は無くても、前から俺に好意を持っていてくれたんなら、
	その言動を意識してしまったことは間違いでも自意識過剰でもなかったし、悪い気はしない。というか、孫兵に
	触れられるのは案外好きかもしれない。だから、改めてちゃんと告られたら、付き合っても構わない。そう思った。
	無駄に上から目線な言い草なのは、これでも仙蔵母さんの娘で兵太夫と伝七の姉なんだから、俺にだってそういう
	所はあるんだ。ってことにしておいてくれると助かる。……というか、うちの家族のアノ態度って、案外照れ隠し
	の意味もあるのかもしれないな。と、ちょっとだけ思った。


	その後。
	「高校を卒業しても一緒に居られたらいいと思う」
	程度の微妙な告白をされ、一応付き合いだした。その時に、数馬にはちゃんと
	「完璧に弟にしか思えないけど、一生大切な家族だと思っているから」
	と宣言したし、お互いの家族にもそれぞれの口から伝えた。
	だけど、高校を卒業してから数年間、殆ど何の進展も無かった。


	父子家庭かつ6人兄弟の2番目である孫兵は、下の弟達のことを考えると、大学まで進む余裕は無いと解って
	いて、それでも「高校の生物教師になりたいから」とおじさんと兄の八左ヱ門さんを説得し、学費は奨学金と
	バイト代で出来る限り自分で払う約束で進学した。だから金銭的にも時間的にも、あまり余裕がなかったのは
	仕方ない。
	でも、だからと言って「中学生の兵太夫達の方が進んでいるんじゃないか」と思わなくないような付き合いで、
	よく別れなかったものだと、自分でも感心している。俺の進学先は女子短大で、周りにもそんなに遊んでいる
	ようなタイプは居なかったとはいえ、出会いもおせっかいな同級生も居なかった訳ではないのに。
	しかも、露出の低い服に化粧も殆どしないという地味な格好ばかりしていたから、「彼氏持ちには見えない」
	とか散々言われたし。でもそれは、

	「折角綺麗な肌をしているんだから、化粧で荒れたら勿体無い」
	「クセはあるけど、触り心地の良い艶やかな髪だと思う」

	そんな感じのことをよく言われたから、スキンケアとヘアケアには、こっそりかなり力を入れたけど、流行りの
	服は似合わないと自分で思うし、孫兵が好きそうじゃないから着なくて、ついでに軽い金属アレルギーがある
	から、アクセサリーも殆ど着けられない。その結果そういう格好になっただけなんだ。

	だから俺が持っているアクセサリーは、16歳の誕生日でもある高1の2学期の終業式の日に孫兵からもらった、
	緑がかった青い石のついたブローチ以外は、どれもガラスや金属を使っていないものだった。
	宝石かどうかは良く解らないけれど、自然石っぽくて、台座部分の細工もとても凝っているそのブローチは、
	どう見ても高校生には不釣り合いな高価なものに思えたし、誕生日でクリスマスとはいえ、そんなものを
	くれる理由も解らなかったから、「貰えない」と返そうとしたら

	「母から譲り受けたけど、僕が持っていても使い道がないから」

	と言われ仕方なくもらったもので、同じ石のアクセサリーを母さんがいくつか持っているのを見つけたので、
	種類を訊いてみたら、12月の誕生石のターコイズ(トルコ石)との答えが返ってきた。その時はただの偶然だと
	思っていたけど、後から聞いたら孫兵と一平を産んだお母さんは、唯一木下のおじさんと離別した相手―他の
	奥さんとは死別したらしい―で、未だに生きていて「その内彼女でも出来たらあげると良いわ」と色々くれた
	中から、あえてあのトルコ石のブローチを選んだらしい。
	ということは、誕生石を知っていたのかと思い訊いたら、調べたらしい。しかも

	「母さんからもらった中には無かったし、ブローチ辺りが妥当だと思ったからあれを選んだけど、誕生石は
	 瑠璃の方が似合うと思う」

	とのことで、こないだもらった―比較的アレルギーの出にくい―プラチナの指環についていたのは、瑠璃こと
	ラピスラズリだった。
	そして、その指環と言うのは、いわゆる「婚約指輪」というやつで、無事大学を卒業後教師になれた孫兵に、
	「実家から通うのは無理な場所の学校に赴任することになった」
	と言われ、
	「解った。いいよ、ついていく」
	短大でパソコン系の資格を色々取って事務系の仕事に就いていただけだし、一応母さん達仕込みで着付けや和裁
	なんかも出来るんで、どこの土地でも別に職には困らないので、そう答えた結果もらったものだったりする。

	ちなみに、そんな顛末を含めて報告したら、妹達には
	「それで良いの、お姉ちゃん!? もうちょっと、こう、ムードとかそういうのは……」
	などと詰め寄られたけど、あの程度が俺ららしいと思う。そして、何故か母さんには少し複雑そう―だけど何やら
	嬉しそう―な顔で祝福された。アレは、後から考えてみたら、俺の父親と別れた原因が向こうの転勤だったから、
	俺が同じ道を選ばなかったことに対する反応だったんだろうな。




	今の俺は、母さんや妹達と比べられようと、全く気にしない。そして、勝手に庇ったり憤ってくれる身内に、
	逆に傷ついたりもしない。
	俺は俺らしくあれば、それで良い。そう認めてくれる相手が居るから。




試行錯誤した挙句、色々盛り込んだら訳の分からないことに…… それでも、家族モノの孫と藤の行きつく先はこんな感じです。ってことで (ついでに、『瑠璃も玻璃も照らせば光る』『役割』と合わせて3部作扱いにしてみたり) 2010.9.24