潮江家は、長女左近が生まれた頃に無理して買った、建売りの2階建て一軒家である。

1階が水回り(台所・風呂・トイレ・洗面所)と居間と客間。2階が子供部屋×2と親の部屋となっており、
トイレは2階にもあるが、それだけは上の双児(団&さき)が出来た頃に増築したものだったりする。

部屋割りは、今の所数馬・左近・乱太郎・伏木蔵と左門・団蔵・左吉となっているが、最近では
「そろそろ部屋分けてあげた方がいいけど、さっちゃん(左近)だけ1人部屋にしたら、文句出そうだよねぇ」
などと伊作が頭を悩ませていた。
しかし基本的には、子供達は部屋よりも居間で過ごしていることの方が多く、文次郎が帰宅する時間帯には、
大抵全員が居間に揃っている。


けれどこの日は、明らかに人数が少なかった。

数馬や左近が
「宿題するには煩い」
と自室に居ることや、伊作が迎えの遅くなる園児の為に延長で仕事をしていることも、珍しくはないが、
伊作が遅くなる場合は、必ずその旨の連絡があるし、上の二人か頼まれた滝夜叉丸辺りが、他の子供達を
看ているはずなので、左門・団蔵・左吉の3人しか居ないというのは妙なのだ。


「…今帰った。他の連中は?」

テレビを見ていて、自分の帰宅に気づいてなさそうな息子達に声をかけると、四男の左吉が振り向きも
せずに答えを返してきた。

「お母さんなら、家出したよ」
「あ゛?」
「だから。お家出てったの! 数兄とお姉ちゃんとチビ達連れて!!」

耳を疑った文次郎が怪訝そうに聞き返すと、振り返った左吉は、今にも泣きそうな顔でかみつくように
言い直した。その必死な表情と、左吉の性格―妙にまじめで気位が高く母親大好き―からして、ウソでは
ないだろうとは思ったが、「マジかよ」と呟くと、今度は残りの二人からも答えが返ってきた。

「ホントだぞ父ちゃん」
「えーと『行先教えちゃダメだよ』で、『お父さんが謝ったら帰ってあげる』だってさ」

左吉とは対照的に、あっけらかんとした様子の左門・団蔵に、文次郎はちょっと頭が痛くなった。
普通ならあり得なさそうな状況だが、子供達の証言が正しいことが解ってしまったからだ。

伊作の突拍子の無さは、30年来の付き合いでよくわかっている。キレて音信不通も、家事放棄も何度か
やられた覚えがある。そして大抵の場合、非は文次郎の側にあるのだが、ハッキリとは言わず「察しろ」
という態度をとり、頑なにむくれ続ける辺りが性質が悪かったりするのだ。


「…飯は?」
「食べたよ。お母さんが作っていってくれたから」

とりあえず、子供達に訊いても家出理由は知らないだろうと考えた文次郎は、目先の夕飯の心配をしてみた。
…といっても、一応子供達のことを考え訊いたのだということは、文次郎の名誉のために付け加えておこう。

尚、この日の献立はアジの干物・麩の味噌汁・ほうれん草の卵とじ・かぼちゃの煮つけで、かぼちゃの甘味を
好まない自分に対する、軽いいやがらせが込められているように文次郎は感じたという。



食後。家出先を突き止めるために、まず伊作の実家や弟小平太の家に電話をかけてみたが、
「とりあえず、うちには来ていませんが……」
「お義姉さんですか? いらしてませんよ」
などの返事しか得られなかった。

次に兄留三郎にかけると、
「今回は何をやらかしたんだお前。たとえ知ってても教えねぇよ。自力であがけ」
と返され、姉仙蔵の所は電話に出た姪の藤内が
「えーと。来ていませんけど、母さんもまだ帰ってきていないので、何か知っていないか訊いてみますね」
「ああ。頼む」
などと協力を引き受けてくれたが、その後仙蔵から届いたメールは

『居場所は知っている
 しかし教えん

 精々必死で探せ
 馬鹿め』

というもので、予想の範疇内だったが相変わらず文次郎に対する敵意がむき出しだった。


この時点で、文次郎の考え付く家出先候補は一旦打ち止めになったが、文次郎の知らない相手の所へ
姿を隠すようなことはしないだろうと、もう一度考え直した所でようやく、伯父兼勤め先でもある
新野家を思い出した。


『……はい。新野です』
「どうも。夜分にすみませんが、潮江です」
『こんばんわ潮江くん。伊作の件ですね。今代わります』

名乗るなり察して電話を代わった新野に、文次郎は少々拍子抜けした。

「もしもし。文次? さきちゃん達にも伝言したけど、僕は君に対して怒っています。だから、何で
怒ってるのかちゃんと考えて、その上で謝ってくれたら帰るけど、それまでは洋おじさんちにいます」

代わるなり一方的にまくし立て始めた伊作に、文次郎が面くらって言葉を挟めないでいると

「お弁当とかご飯は、ちゃんと作って食べさせてね。君作れるでしょ? あとお洗濯や洗い物くらいなら、
さもくんやさきちゃん達も出来るから。それから、忘れ物はさせないようにね。…それじゃ頑張ってね」

などと注意事項を挙げ連ね、伊作はさっさと電話を切ってしまい、かけ直しても
「もう話すことはないそうですよ」
と、新野にやんわりと言われてしまうだけだった。




			そして、無駄に長い謎の別居生活が始まるのだった。



すいません。家出理由はさらに次回になりました。 実のところそんなに深刻な理由じゃないんですけど、奥様が思いきり意地を張った結果長引きます。 旦那が鈍いのにも問題があります。このシリーズの一番の被害者は、多分さきちゃん(左吉)かと… 2009.3.14


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