伊作が出て行ってから、1月近く経つ。一体俺が何をやらかしたのかは、未だにさっぱり見当が
つかんが、何かあるのは間違いない。伊作が何を考えているのかは理解不能だが、いつだって
アイツなりに筋の通った理屈はあるのは知っている。だからこそ、必死で考えて答えを出そうと
しているのだが、周囲にはそう思われていない気がするのが、無性にムカつく。
ムカつくと言えば、俺の方に残ったガキ共の反応にも、だいぶムカつくものがあった。
伊作が出て行った次の日。昼飯用の弁当を手渡した時に、団蔵と左門に
「父ちゃん料理出来たんだ」
「食えるの? コレ」
などと言われ、帰ってきてから左吉にはものすごく複雑そうな顔で
「おいしかった、です」
と言われたことだ。
あのな、お前ら。俺は一応、料理以外も一通り以上の家事は出来んだよ。確かに、普段は伊作を
手伝ってやったことはあまりないが、少なくとも出産のために入院してる間は、俺が家のことを
やって、飯も食わせてやっていただろうが。左吉と団蔵はともかく、左門まで覚えてないのかよ。
「覚えてないぞ!」
胸を張るなバカ息子。お前は、記憶力しか取り柄がねぇってのに。
「さも兄は、覚えた端から忘れるもん」
ああそうかよ。小平太並だな。アイツも、野生の勘で生きてるようなもんだからな。
それにしても左吉。お前伊作が出てってから、俺に対する態度が、妙に数馬に似てきてないか?
前はそこまで俺のこと敵視してなかっただろ。
「だって。お父さんの所為で、お母さんが家出しちゃったんだ!」
「あーあー。父ちゃんがさきっちゃん泣かした」
ウルセェ。黙れ団蔵。お前も小平太に似てきやがって。何でうちのガキ共は、俺らよりも伊作の
兄弟に似てんだよ。俺に似てねぇのは、まぁ、あんま構ってやらなかった気がするから仕方ねぇ
気もするが、伊作に似てんのもほとんどいねぇだろ。
「伏や乱は似てるよ。あと、しろ兄が母ちゃんっぽいってこへおじちゃんが言ってた」
……もういい。何か不毛になってきた。
「ところでお前ら、今日はどこにも行かねぇのか?」
伊作が出て行った当初。休みの日は、1日中コイツらの世話をしなきゃならなのか。とうんざり
したが、実際休日になってみると、日中は朝飯を食い終わるなり飛び出していくような勢いで、
小平太や留三郎の所のガキ共なんかと連れだって遊びに行っちまうので、案外楽だった。
しかし今日は、食い終わっても出掛けようとしなかったんで、洗い物や洗濯物干しをやらせ、
それを終わらせてもまだ家に居た。
「こへおじちゃんが来るから、待ってんだ」
「はぁ? 何で小平太が」
その答えが返ってくる前に、呼び鈴が鳴ると同時に小平太がガキ共を連れて入ってきた。
「おじゃましまーす。アレ? 文次居るんだ」
「居ちゃ悪ぃかよ。…何しに来たんだお前」
「ん? 鯉のぼり出しに。今年はまだ出してないって聞いたから」
答えながら小平太は2階に上がっていった。
「仕舞ってある場所分かるのかよ」
「姉ちゃんに電話で聞いた」
とは言うが、明らかに物置にしている押入れ中をほじくり返しているような音や
「あっれー。おかしいな。ここじゃないのか」
などという声が聞こえる。
「…そこの、すでに出てる箱ん中に、畳んで入れてある筈だ。でなきゃ天袋の方」
「えー。でも、姉ちゃんは違うこと言ってたよ」
「去年は俺が片付けたから、その前とは違う可能性があんだよ」
「あ。本当だ。おじちゃんあったよー」
別に、壊れもんは仕舞ってない押入れだからいいけどよ。片付けんの面倒な位に、ごちゃごちゃに
しやがって。相当奥の方に突っ込んであったもんまで、引きずりだしてやがる。
「棒は外の物置にしまってある。…立てんのに、そこまで人手はいらねぇだろ。何人かは、こっち
片付けんの手伝え」
結局。左吉と四郎兵衛、金吾が俺の手伝いで押入れの片付け。小平太と一緒に鯉のぼりを立てる
のは、左門、団蔵、三之助。という形に分かれた。
「左吉。次からは、小平太やなんかを担ぎだす前に、まず俺に言え。その程度のこともして
やらねぇ程、俺は忙しくも疲れてもねぇし、薄情でもねぇから」
「…うん」
遠慮したのか、頼んでも無駄だと考えたんだか知らねぇが、単に忘れていただけで、今後も
何かあるごとに、小平太や他の連中を呼び出されては厄介だ。
押入れの片付けを終わらせ、先に鯉のぼりを立て終わって茶―勝手に冷蔵庫から出した―を
飲んでいる小平太達の元へ行って、鯉のぼりを見ながら俺らも茶を飲んでいると、三之助が
「ここんちの鯉のぼりの方が、うちのよりスゲェよな」
と言い出した。
「そりゃ、うちのクソ親父が買ったブツだからな」
純粋に、初孫である数馬の初節句の為にと、立派な物を用意してくれたことは解っている。
そして左門の分として一匹買い足したのまでは、祖父としての真心だと、思えなくもない。
ただ、下の4人の初節句のたびに送られてきた分は、見栄か惰性でしかないだろう。
「おじさん。鯉のぼり、一匹足りなくない?」
「本当だ。七匹しかいない」
鯉のぼりの数を数えて声を上げたのは、小平太の所の下の2人だった。
「あ? ああ。左近は、代わりに雛人形があるからな」
「違うよー。お母さん鯉がいないの」
「一番おっきいのがお父さんで、次がお母さんで、子供たちでしょ?」
「あっ! 本当だ。お姉ちゃんはおひな様あるけど、お母さんは?」
小平太んちのチビ共に、まず同調したのは左吉で、すぐに残りの2人も「そうだな」「母ちゃん
仲間外れ?」などと騒ぎだした。
「今まで気にしたこと無かったが、必要なのか?」
「うちも実家の方も、母ちゃんや滝の分居るよ」
さらに留三郎の所も、死んだ嫁さんの分を合わせた6匹らしい。そういや、うちのガキ共も、
保育所の工作の時間に折り紙で作って持ち帰ってきたやつは、どれも8匹だったな。
「……来年は、1匹買い足すか」
「その前に、お母さんに謝って帰って来てもらってよ」
流石に、1年も家出されたままってことは、有り得ねぇだろう。
ニアピンな出来事があっても気付かない鈍感旦那。
時期的には、ギリギリで間に合ったかな
2009.5.5(4:29)
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