「6月の花嫁」に憧れていた少女時代。姉兄弟から口々に
	「日本だと梅雨真っ直中だがな」
	「お前が梅雨に式なんか挙げたら、母さんのドレスに取り返しのつかない染みとかつけそうだよな」
	「室内なのに水溜まりでコケて泥染みとか、マジで有り得そう」
	なんて言われた覚えがある。あまりに全てがその通りすぎて、何の反論も出来なかったけど、結局
	僕は6月の花嫁にはなることが出来なかった。

	我が家には、母さんの形見の手縫いのウェディングドレスがある。
	といっても、母さん自身は直線しか縫わせてもらえず、他は全部父さんが縫った。っていうのが、
	実にうちの両親っぽいと思う。


	「6月じゃなくても、母さんのドレスで花嫁さんになる」
	その夢は、叶ったというには微妙な所だけど、後悔も不満も無い。


						


	「子供が生まれた後でいいから、最低でも写真を撮る位はしろ」
	そう主張したのは、2ヶ月違いで未婚の母になった仙。実の娘達が2人共形見のドレスを着ないのは、
	母さんに失礼だから。ってのが理由らしい。その気持ちは解るし、半分諦めていたとはいえやっぱり
	母さんのドレスを着たかった。だけどその話を文次にした時、
	「写真だけでいいのか?」
	って訊かれて
	「いいよ、別に。お金ないもん」
	なんて返しちゃったのは、嫌味でも意地を張ったんでもなく、ホントに余裕がないのが解ってたから。
	あとは、文次が人前で愛を誓うだなんて、絶対嫌がりそうなの解ってたし、似合わないと思ったって
	のもある。ついでにこの時の僕は、籍を入れるに至るまでのゴタゴタで疲れてて、ちょっとやさぐれ
	気味だったのかもしれないって、後から気が付いたりも。
	キリスト教式だろうが神前式だろうが仏前式だろうが人前式だろうが、とにかくどんな形でも、上辺
	だけの誓いなんか欲しくない。折れて籍を入れはしたけど、「仕方無い」って言われたことを、この
	時点の僕は引きずり続けていたからさ。
	

	具体的な言葉は貰えなくても、「仕方無いから」ってのは言葉の綾で、照れ隠しだったんだ。そう
	信じてみようと思い直したのは、数くんを産んだ1か月後の、20歳の誕生日。


	僕だけに内緒で、内輪のサプライズパーティーを企画してくれてたんだ。しかも、てっきり仙や留兄が
	計画したんだと思ってたら、何と文次の案で、仙を始めとした僕の家族や、文次自身の姉の照代ちゃん
	なんかに頭を下げて、協力と出席を頼みこんだとか。

	「何年の付き合いになると思ってんだ。お前が、俺に合わせてこういうの諦めて、興味ない振りして
	 んのは解ってんだよ!」
	 

	まるで逆ギレみたいな言い分だと思うけど、当たってるし、嬉しかったのは本当。
	……こういう所が反則なんだよね、文次って。普段すっごい鈍いくせに、時々ピンポイントで
	外さないどころか、予想の上行くんだもん。まぁ、惜しむらくは、奇跡並に低い頻度なことと、
	普段の鈍さも半端じゃないことかな。…でなきゃ家出するまでには至らないでしょ。

	
	

	ちなみに、ここから先は後になって照代ちゃんから聞いた内容。


	「やぁだ、珍しい。何の用よ」

	お母さんが亡くなった時に短大生だった照代ちゃんは、卒業後1人暮らしを始めた時に、一応文次に
	連絡先を教えはしたけど、まさか連絡があるとは思っていなかったらしい。しかもその内容が、
	「結婚式に興味のない女はいるのか」と「なるべく低予算で式を挙げるにはどういう方法があるか」
	だったもんで、耳を疑うを通り越して、一瞬フリーズしかかったとか。


	「…‥。アンタがそんなこと言いだすなんて、天変地異の前触れ!?」

	半分冗談のつもりで言ったらしいけど、本気も結構混じってたんじゃないかな。だって文次だし。

	『人が下手に出ようとすりゃ、好き放題言いやがって』
	「はいはい。悪かったわよ。いさちゃんのためでしょ? こないだ仙蔵から、盛っ大な愚痴付きで
	 事情は聞いたし、アンタが実は昔っからいさちゃんにベタ惚れなのは、よーーっく知ってるもの。
	 ……内輪だけでレストランか何かを貸し切ってやるんなら、そんなにお金はかからないと思うわ。
	 アタシの知り合いに伝手もあるし」

	照代ちゃんは仙と同い年の親友で、仙が当然のように愚痴を零す相手であり、逆に愚痴を聞くことも
	厭わない、唯一の相手でもある。特に、恋愛絡みと僕らについては、お互い他の人が相手では絶対に
	言わないことでも平気で言えるんだとか。だから学生時代なんかは、文次が僕に何かしようものなら、
	仙から照代ちゃんに筒抜けで、凄い目にあわされるのはもはや日常茶飯事と化してたんだよね。

	『……。お前、別れた元彼を未だにアゴで使ってんのかよ』
	「人聞きの悪い表現はやめて頂戴。付き合ってたことなんかないし、こき使ってもいないわ。単に
	 色々とアタシの頼みを聞いてくれる、坊ちゃんな知り合いってだけ」
	『より一層ヒデェだろ』

	その相手については、仙と文次の両方から聞いて、僕も知っている。2人曰く、
	「どれだけ尽くしても照代に見向きもされない、可哀想なボンボン」
	名前は突庵望太さん。照代ちゃんが働いている派遣会社の、親会社の会長のひ孫らしいんだけど、
	「社会勉強の為と称して系列会社を渡り歩いている世間知らず」が照代ちゃんの評価。でも、今は
	ひいおじいさんとは無関係の会社で、一から頑張っている筈だけど。	
	

	「何よ。そういう生意気な口利いてたら、力貸してやんないわよ」
	『悪かった。謝る。だからそいつに繋ぎ取ってくれ』
	「…アンタが素直だと気持ち悪いわね。だけど、可愛い義妹の為に協力してあげるわ。それに、全く
	 可愛くないけど、アンタも一応たった1人の弟だものね。お姉様からの、結婚祝いよ」
	『ああ』
	「一生恩に着なさいよ。あと、絶対いさちゃん泣かすんじゃないわよ。泣かしたら、アタシと仙蔵が
	 容赦しないからね。……ってのは、言わなくても解ってるでしょ?」

	照代ちゃんが照れると普段より高圧的になるのは、仙とそっくりだと思う。というか、照れ隠しが
	怒ってるように見えるのは文次と同じ、の方がいいかな。何だかんだ言っても、姉弟仲はそんなに
	悪くないもんね。



						


	「……と、まぁ、こんな経緯があったんだ」



	「あのさ左近。何で、絶対惚気になるって解ってたのに、こんな話母さんに振ったの?」
	「振ってないよ数兄。僕は単に『今日学校で、6月の花嫁の話を聞いた』って言っただけ」
	「ってことは、母さんがしゃべりたかっただけか」


	聞こえてるよ、2人共。確かに僕の自己満足で話したのは事実だけど、洋おじさんのアルバムから
	写真を見つけて来て、ドレスが滝ちゃんやお義姉さんの写真と同じのだってことに気付いて訊いて
	きたのは、さっちゃんなのにな。
	




『落花』の連載終えるまでは、他の連載止めようかと思ったんですが、コレだけは6月中に挙げたかったので ゲストキャラ扱いで照代姉さんを書くのが、結構好きです。 ちなみに、「新婦が直線しか縫わせてもらえなかったウェディングドレス」は叶の両親の実話です 2009.6.11


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