その日、会計委員の1年生2人は、いつもと違う意味で怯えていた。何故なら、悪筆に定評のある団蔵が
いくら字を間違えようと、些細なことで左吉と団蔵が口論になろうと、3年の左門が目も口も開いたまま
意識を飛ばして―要は寝て―いようと、とにかくあらゆる失態を犯そうと、委員長である潮江文次郎が、
全く怒らなかったのだ。
「なぁなぁ、さきっちゃん。今日の潮江先輩、絶対何かおかしいよな?」
「おかしいというか、不気味というか、何か裏がありそうで怖い」
ヒソヒソと、しかし周囲に聞こえそうなくらいの声で1年2人が囁き合っていると、相変わらず何故か
文次郎本人には見咎められなかったが、4年の三木ヱ門が苦々しげにそれを注意した。
「…こら、1年。無駄話は止めろ」
「いや、でも……」
「田村先輩は、不気味じゃないんですか!?」
「…………」
訊き返されて口ごもったということは、三木ヱ門も今日の文次郎はおかしいと思っているのだろう。
「あ、あの、潮江先輩!」
「……何だ」
「えーと、御手洗いに行ってきても良いですか?」
「ああ。構わん」
「えっと、じゃあ、僕も!」
その後しばらく、ガン寝している左門以外の全員は戦々恐々としながら黙々と作業を進めていたが、異様な
空気に耐えられなくなってきた団蔵が、厠に行くのを口実にして、一時でもこの場から逃げ出そうとすると、
珍しく左吉もその尻馬に乗った。そして一応厠に行った帰り、彼らは文次郎の同期の友人と行き会った。
「あ。先輩! あの、潮江先輩が何か変なんですけど……」
そう言って2人が助けを求めたのは――
仙蔵 長次 小平太 留三郎 伊作
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