数年前。うちの上司は1人の少年に固執していた。私にとっても一応は恩人に当たるとはいえ、運も緊張感も
忍としての適性にも乏しい、忍術学園の一生徒にすぎない善法寺伊作というその少年に、良い年こいて地位も
実力もある上司が、あんなにも執着していた理由は、正直未だによく解らない。
その善法寺少年が実習の最中に命を落としたのは、私達と知り合ってから半年程経った頃のことだった。
その話を聞いた時、私は特に何も感じず、むしろ
「まぁ、当然かもしれないな」
とすら思ったが、上司も殆ど動揺しなかったことに驚いた。なので理由を尋ねてみた所、当然の如き口調で、
「だって、アノ子は死んでない筈だから」
という答えが返ってきた。更に続けて
「多分ねぇ、友達に協力してもらって、一芝居打ったかなんか」
とか言うので根拠を尋ねてみると、
「まず、時期的に出来過ぎな感じがするし、現場を見に行ってみたんだけど、あそこなら巧くやれば偽装が
可能っぽかった。で、忍術学園の教職員の一部はアノ子の素姓知ってるらしいから、詳しく調査しないで
見逃したんじゃないかな。……アノ子、本当は女の子で、今お胎に子供居て産む気あるって言ってたから、
そんなあっさり死ぬわけ無いんだよね」
その言葉を聞いて、まず真っ先に口をついて出た言葉が
「アンタの子ですか!?」
は、流石に自分でも失言だったと思う。
「違うよ。そういう意味では、『指一本でも触れようものなら、死んでやる』とまで言われてたもん。……
私達のことを、一番敵視してた、ちょっと暑苦しい子居ただろ? どうもあの子と付き合ってたらしいよ。
あと、仮にも私はお前の上役なんだけど」
「……スミマセン」
「不問にしてあげるから、情報集め手伝ってね。もちろん極秘裏に」
にやにや笑いでそう返された時、こちらが失言するのは織り込み済みで、嵌められたことに気がついた。
それから4年間。一応少しずつ情報を集めはしたが、死んだことになっている人間の情報は、事情を知らない
者は全く知るわけ無いし、知っている者は口を割るわけがなく、相手の少年の方も特定の国に仕えたわけでは
無いようで、殆ど何の情報も掴むことは出来ないでいた。
そんなある日。
「ようやく見付けたから、ちょっと行ってくるね☆」
などと言い残し、仕事を全て私に丸投げして、組頭が姿を消した。どうせ数日で帰ってくるだろうと思いつつ、
周囲にはどう説明したものか考え、面倒だし、間違ってはいないだろうし、たまには少しくらい困ればいいと
思って、「女の所に」と言っておいた。
その後彼女の元を訪問する際には、「一人で来るな」と言われたからと私を伴うようにもなったが、しばらく
経つと、気付くと仕事を私に任せていつの間にか出掛けており、私はその仕事をすぐさま片付けて追い、連れ
戻す。というのが習慣になり、その後更に、私の代わりに別の―彼女の元後輩でもある―部下の鶴町を連れて
行くようになった時には、流石に「どうにかならないものか」との苦情らしき文が彼女から来たが、どうにか
出来るものなら、そもそも忍術学園に忍び込んでいた時点で止めている。
こうしてうちの上司は、今も善法寺少年―こと、いささん―の元に通い続け、時には彼女の夫の潮江くんと
小競り合いを起こし、鶴町はそれを囃したてながら見ているだけで止めやしない。…と、彼女の助手のような
ものをしている猪名寺くんや娘の伊織などから、連れ戻しに行く度に聞いた。そうやって、報告やら、時には
他愛もない話を交わしている時に、ふと伊織に
「諸泉さんは、お嫁さん居ないの?」
と訊かれたので、
「あのオジサンの身の回りの世話やいてたら、機会を逃したみたいでさぁ」
などとぼやくように言ってみたら、
「じゃあ、私がなってあげようか?」
と返ってきた。ちなみに私が28歳で伊織は8歳の時の話で、伊織はその後も事あるごとにその話を持ち出し、
12、3歳頃からは、
「根負けして落ちるまで、諦めないからね」
とかいう、まるで組頭のようなことまで言い出すようになった。
その辺りで、「無理やりにでも組頭を止めておけばよかった」と後悔し、ついでに少しいささんに申し訳ない
ような気分にもなったが、
「でもまぁ、何事も、結局なるようにしかなりませんから」
と苦笑されて初めて、こういう何でもアリで、全てを諦め交じりに受け容れられる所に、組頭は落ちたのかも
しれない。という考えがよぎった。……が、真意は今の所定かではないし、どう転んだとしも組頭のものには
ならなそうなので、いい加減諦めたらどうかと思う。あとついでに、伊織にもさっさと諦めてもらいたい。
年々お母さん似の、綺麗で、気立てが良くて、面倒見の良い子に育っているのは解るけど、姪くらいにしか
思えないし、組頭の嫌味と鶴町の冷やかしにももううんざりなんだ。
『昼顔』の前後話で、『番外2』や『大根』も踏まえた感じで、オチはコレが元です。
言わせたかったセリフはもちろん「アンタの子ですか!?」です(笑)
あと、友人達に潮江家とタソガレドキ連中の呼び方リストを見せた時、一番ウケたのは
尊→文の「潮江くん」だった。てのも付け加えてみたり
鶏頭の花言葉…色あせぬ恋(笑)
2009.12.31
戻