霜月―勤労感謝の日(新嘗祭) 体育
「…………勤労感謝の日は、勤労を尊び、生産を祝い、国民が互いに感謝し合う日で、皇室行事の新嘗祭が起源である。新嘗祭とは――」
「いきなり何ですか、滝夜叉丸先輩」
今日も今日とて塹壕を掘りつつ山を登ったり降りたりしていたら一人迷子になったので探しているさなか。ブツブツと
雑学をひけらかし始めたのは、委員会中は比較的―かなり、別人並に―大人しく面倒見の良い、体育委員四年の平滝夜叉丸だった。
そんな滝夜叉丸に、一年の皆本金吾と二年の時友四郎兵衛は怪訝そうな目を向けたが、彼は尚も
「新嘗祭は『しんじょうさい』とも読み、新穀を神に捧げて収穫を感謝し、来るべき年の豊穣を祈る祭儀である。
斎戒してこれを行い、記紀にも『にいなめ』の語が見え、民間でも行われていたが、宮中では古く十一月下卯日に、
天皇自ら祭儀を行った」
などと語り続け、その目は何処となくイってしまっているように、後輩達には見えた。
「あの、先輩。時代考証は……」
新嘗祭自体は古代からあるが、十一月二十三日に定められたのは一八七三年で、更に『勤労感謝の日』という名称の祝日に
なったのは一九四七年のことである。そのことに気がついた金吾が、恐る恐る訪ねると、
「知るかそんなもの」
という、投げ遣りな答えが返ってきた。
「いっそもう、明日十一月二十三日のみで構わぬから、真っ当な労働に勤しみ、生産性の無い穴掘り行為を自粛し、私に
感謝すればいいのだ、あやつらは」
そんなボヤキが聞こえた所で、ようやく下級生二人は
「ああ。疲れているんだな」
と、唐突にうんちくを語りだした理由を察して納得した。しかも学園に戻ってから、他の生徒から四年い組は試験
明けの上、滝夜叉丸と同質の綾部喜八郎が、試験が終わるなり試験勉強の間禁止されていた分の鬱憤晴らしかのように、
普段以上に大量の穴を学園中に掘りまくっているのだという話を聞いた。
そんな訳で金吾と四郎兵衛は、委員会後二人でひっそり話し合って
「滝夜叉丸先輩を休ませてあげよう」
と決意し、翌朝まず本人を訪ねて
「今日は僕達が頑張って先輩達を看るので、滝夜叉丸先輩は、委員会を休んで平気です!」
そう宣言した。続いて喜八郎に関しては―本人には何を言っても馬耳東風だと考え―、色んな意味で勇気を振り絞って
六年長屋まで出向き、彼が所属する作法委員会の長である立花仙蔵に
「今日一日だけでいいので、押さえておいて下さい!」
と頼み込み、少々面食らわれたが、どうにか協力を得ることに成功した。更に三年長屋にも行って、浦風藤内や富松
作兵衛などにも協力を求めてみると、必死な後輩達の決意を酌んで、二人も「及ばずながら、止めてはみる」と、約束してくれた。
そしてその日の委員会中。金吾は
「時友先輩を、これ以上困らせちゃいけない」
と泣くのをこらえ、四郎兵衛も
「先輩の僕がしっかりしなくちゃ」
と、必死で耐えて頑張っていたが、いけドンで暴君な委員長七松小平太と、無自覚迷子の次屋三之助は、そんな健気な
後輩達の心境をよそに、いつも通りだった。と、周囲から目撃情報を聞いた滝夜叉丸は、後輩二人を労い、問題児二人を
こっぴどく注意したが、結局その後も何ら変わることはなく、定期的に同じようにキレては後輩達に気を遣わせる羽目になったという。
神無月 師走
睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月
文月 葉月 長月 神無月 霜月 師走
戻