如月―? 学級委員会
学級委員長委員会の、現時点での最上級生である五年ろ組鉢屋三郎の言動は、時々―しばしば―突拍子がなく、
下らなくて、暇を持て余した感がありありと感じられる。そして今日もまた、いきなり
「二月と言えば☆」
などと言い出した。そんなどうしようもない先輩の言動には慣れっこの一年生達は、それでも一応
「節分……はもう終わりましたね」
「針供養が、東国だと二月の八日らしい。って、聞いたことはありますが」
等、口々に答えてくれるような、律儀な子達だった。尚、この話の時期は、二月上旬ということにしておいて
頂きたい。
「いや、もっと先」
「初午ですか?」
初午……陰暦二月の最初の午の日。各地の稲荷神社で祭礼が行われる。
「春日祭っていうのもありますね」
春日祭……奈良の春日神社の祭礼。陰暦二月と十一月の上申の日に行われた。
「丁度中頃の……」
この辺りで、庄左ヱ門も彦四郎も三郎が欲しているだろう答えに勘付いたが、あえて無視して、己が知識と
記憶を総動員し、別の答えを挙げ続けた。
「修二会の行法の、御水取りがその頃ですね」
修二会……二月に行われる国家安泰を祈る法会。特に三月(陰暦二月)一日から十四日間、奈良東大寺の
二月堂で行われる法会。お水取り……東大寺二月堂の修二会の行事の一つ。陰暦二月十三日の未明に、堂の前に
ある閼伽井屋から水を汲み、本堂に納める式。
「涅槃会も当てはまると思います」
涅槃会……釈迦入滅の日とされる陰暦二月十五日に、釈迦の徳をたたえて行を行う法会。涅槃図をかかげ、
唯教経を読誦する。
「確かに中旬だけど、そうじゃなくて……」
焦れてきだした三郎に、一年生達は尚も気付かないふりを続けた。
「そうすると、梅花祭は下旬だしねぇ」
梅花祭……京都の北野天満宮で、菅原道真の忌日二月二十五日に行う神事。
「雛市も末頃からだもんな」
雛市……雛人形や、雛祭りに使う道具類を売る市。二月末から三月二日まで開かれた。
「君ら、解っててはぐらかしているだろ。じゃなくて、私が言いたいのは……」
「あ」
堪え切れなくなった三郎が答えを言おうとすると、それを遮るように庄左ヱ門が声を挙げた。
「西行忌を忘れてました」
「ああ。確かに」
西行忌……西行法師の忌日。陰暦二月十五日。
「……わざとやってるだろ」
「はい」
「勿論です」
完全に肩透かしを食った三郎に、一年生達は冷静に
「鉢屋先輩。先輩が、何を期待なさっているかは解っています。でも、時代考証をちゃんとしてください」
「僕らが挙げたのは、一応どれもこの時代には既にあった筈の行事です」
などと優しく言い聞かせるように語りかけると、―実はその場に居合わせ、三人のやり取りを面白そうに見ていた
だけの、―つい先日判明したもう一人の学級委員長五年である尾浜勘右衛門が、ニッコリと一年生達に問い掛けた。
「というか、仮にその辺りを曖昧にしたところで、絶対に鉢屋の望む方向には持っていかないんだろ?」
「ええ。やりたいなら、僕らを巻き込まずお一人でどうぞ」
「お一人でなら、止めはしませんので勝手にしてください」
そんな風に切り捨てられた三郎が望んだ答えは、言うまでもなく『バレンタインデー』だった。
参考
三省堂 スーパー大辞林
旺文社 全訳古語辞典
合本 俳句歳時記 第三版
睦月その2 弥生
睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月
文月 葉月 長月 神無月 霜月 師走
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