弥生―棚卸	保健委員会

【棚卸(し)・店卸(し)】
@決算や毎月の損益計算などのため手持ちの商品・原材料・製品などの資産の種類・数量・価額などを調査し、評価すること。
『大辞林』


	 忍術学園の各委員会にも、年度末の棚卸しというものが存在する。
	 例えば、火薬委員会ならば火薬の残量や種類、状態等。用具委員会や作法委員会ならば、管理する物品の
	倉庫在庫や消耗品の残量。図書委員会ならば書籍の冊数と書名や欠巻などを確認するのだが、全委員会の中
	でも、確認する物の種類も量も多く、かつ複雑なのは、断トツで保健委員会である。
	 何しろ、医務室にある薬種及び消耗品並びに器具などの、種類・残量・状態等を全て確認した後、在庫を
	整理して廃棄分を分け、足りない物は書き出し、ついでに器具の手入れや、時にはちょっとした調合まで
	やらなければならないのだ。しかも大抵の場合、委員の誰かしらが何かしらの不運に見舞われるので、滞り
	なく円滑に作業が終わった試しはない。
	 そんな訳で、一年生なので昨年度以前の経験はないが、先輩達から例年の状況について聞かされ、その状況が
	ありありと想像出来た一年は組の猪名寺乱太郎とろ組の鶴町伏木蔵は、徹夜作業を覚悟で棚卸しの為に医務室に
	顔を出した。しかし医務室はやけに片付いている上に、妙に人口密度が高いように見えた。


	「あの、伊作先輩……」
	「ああ。乱太郎に伏木蔵。来てくれて早々悪いんだけど、棚卸しあとちょっとで終わりそうだから、食堂の左近と
	 数馬を手伝いに行ってくれる?」
	 おずおずと声を掛けた二人に、申し訳なさそうかつ、何処と無く何かを諦めたような口調でそう告げたのは、
	委員長である六年は組の善法寺伊作だった。 
	「え? どういうことですか?」
	「……ねぇ、乱太郎。あの、棚の前に居るの、雑渡さんと諸泉さん達じゃない?」
	困惑した乱太郎が、伏木蔵が指した辺りを見ると、確かにそこには見覚えのある包帯姿の男の他、何人もの男達が居た。 
	しかし、何故居るのかは解らない。というか、解りたくない。そんな風に考えながら、とりあえず食堂に向かい、
	自分達より先に来ていたらしい二、三年生に話を訊いてみた。


	「元々劇薬や、名前の難しい薬やなんかは、新野先生と伊作先輩が僕らが来る前に先に点検しておいて、残りを
	 僕らが来てからやる予定だったらしいんだ。だけど、何故かあのタソガレドキの雑渡昆奈門とかいう人が棚卸しの
	日時を知っていて、部下の人達を連れて手伝いに来たらしくて」
	 雑渡率いるタソガレドキ忍者隊の面々が、医務室に居た理由を、うどんを茹でながら解説してくれたのは、
	三年は組の三反田数馬。
	「それで、しばらく押し問答をした結果、一応劇薬系や、処方を知られたくない薬の棚には触れさせないように
	 したけど、手伝ってもらうことにしたみたいなんだ」
	 ことの大まかな経緯を説明してくれたのは、おにぎりを握っている二年い組の川西左近だった。
	「……とまぁ、そういう訳で、僕らが医務室に行った時点で、もう殆ど作業が残っていなかったから、『代わりに
	 差し入れの夜食を作ってきてくれるかな』って」
	 医務室に顔を出すなりそう言われた時。数馬も左近も、異議を申し立てようとは思ったそうだが、伊作が既に、
	雑渡とのやり取りで大分消耗しているのが感じ取れたので、仕方なく大人しく指示に従うことにしたらしい。

	 そんなこんなで、例年になく早くかつ正確に医務室の棚卸しは終わったが、伊作的には、最も疲れる棚卸し
	だったという。





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