長月―重陽 作法委員会 「重陽」とは九月九日に菊に長寿を祈る日。陽(奇数)が重なる日そして、奇数の中でも一番大きな数字という 意味で重陽といわれている。日本では奈良時代から宮中や寺院で菊を観賞する宴が行われている。 邪気を祓い長生き効果のある菊と言われた菊は古代中国では「翁草〔おきなくさ〕」「千代見草〔ちよみくさ〕」 「齢草〔よわいくさ〕」と言われ、邪気を祓い長生きする効能があると信じられていたため、その中国の影響を 受けた日本では、8日の夜に菊に綿をかぶせ、九日に露で湿ったその綿で体を拭いて長寿を祈っていた。 また、菊に関する歌合わせや菊を鑑賞する宴が催されていたそうです。現在は寺社などで行事を行う程度で一般に これといった行事はあまり行われていないようです。 学園の薬草園にはそれこそ多様にわたる植物が栽培されていて、秋になればその一角で白や黄色の菊の花が咲き出す。 貴族の庭に植えられるような観賞用の物ではない小さな花弁のものだが、食用にもできる。 まだ日ののぼりきってない明け方から、菊に当てた綿を回収しているのは作法委員会の面々だ。 重陽の節句(九月九日)には、前日の晩から菊に綿をかぶせ、当日の朝に露で湿ったその綿を集めて顔や手を 拭くと息災で長寿になるという。菊は古代中国で「翁草」などと呼ばれて、日本では奈良時代あたりにその 風習が取り入れられ、一般に広まったのは平安の中頃のことである。 一年生二人は眠い目をこすりながら、 「これくらいでいいかな」 「いいんじゃない。あ、綾部先輩、落とし穴掘ってなにする気ですか。こんなとこに掘ってたら絶対保健委員会が 落ちますよ」 「落とし穴じゃない、塹壕のゴウヒロm」 「眠いんですね分かります、だから真面目に露集めして下さい」 年下の藤内に手を引っ張られて、綾部ははいはいとシャベルを置いた。あまり他人に構わないイメージの綾部も 委員会の時は別で、後輩、特に藤内に言われたことは結構素直に聞いてやっている。あくまで聞いてやってる、 だが。 「そうえばさ昨日庄左エ門が教えてくれたんだけど、重陽の節句にまつわる友情の話があるんだって」 と、集め終えた綿を深皿に入れながら、兵太夫が言う。 「中国のお話で、二人の男の人が大親友だったんだけど仕事で離れてて、ある年の九月九日に遠くにいるはずの 親友が来てくれてお祝いしたんだけど、その友人はその日は無実の罪で牢屋に入ってて会えたはずはないのに、 って言うお話。で、牢の中の人は処刑されちゃったんだって」 「なにそれ? だって片方は牢屋でしかも遠くで、そんなの絶対会えないじゃんか」 「庄左エ門がその本の解説も読んでくれたけど、遠方の友を思う気持ちが牢の中の男を魂を飛ばしたとかあった けど、ほんとにそんなことはあったか信じらんないんだよね」 「そりゃ僕も信じらんないよ。そっくりさんか双子の弟でもいたんじゃない?」 「どっかの三文小説じゃあるまいし違うだろ」 ぼそっと綾部が呟いた。藤内もその話を聞いていたのか、 「理屈で説明できないことがあってもいいんじゃない。僕はそういう話好きだけど。そんだけ親友同士想いあう 気持ちが強かったってことで」 素直に読むなら藤内のような意見が一番いいんだろう、でも、とちょっとこまっしゃくれた一年生二人は、 意見を委員長に求めた。 「現実的に解釈するなら、偶然の一致だろうな。牢の男はたまたま夢で親友に会った、遠方の友は別の友人と 会っていた、それがどこかでその親友同士が会ったという話に変換されてしまったのだろう」 と、とても合理的な意見であったが、そんなものなのかなぁと下級生三人はまだ納得しない顔であった。その 背後で眠そうな綾部はこっそり露の染み込んだ綿を伝七の頬に当てて驚かせた。 「なにするんですか綾部先輩!?」 「目、覚めた?」 「覚めてますよ! 先輩の方が寝ぼけてませんか!」 「かもね」 そのまま甘えるように藤内にもたれかかり、どっちでもいいじゃないか、と呟いた。まぁそうですけど、と兵太夫たちも 話をからくりのことに移し、これきりの話題で終わった。しかし、 「どっちでもいい。焦がれるくらい会いたい親友がいた人たちのことなんか」 「先輩にだって親友はいるでしょ」 「親友、ねぇ。藤内はいるの?」 「一応…。兵太夫だって伝七だって、立花先輩だっていると思いますよ」 私はお前たちと立花先輩に会って死にたいな。 眠いからと言い訳してそんなことを考えた。太陽で明るくなって御飯食べて授業が始まる頃になったら、そんなこと 思わない、はず多分。葉月 神無月 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神無月 霜月 師走 戻