文月―七夕

	 例によって例の如くの、「学園長の突然の思い付き」で、七夕祭りが開催されることになったのは、学級委員長
	五年の鉢屋三郎が、
	「面白そうなんでやりませんか?」
	 と学園長に提案したのがきっかけだった。

	準備作業は各委員会で分担し、
	「じゃあ、笹を伐るのは俺と食満先輩と三年生。運ぶのは体育に任せて、後輩達は飾り付け。って感じですかね」
	「そうだな。それで良いんじゃないか」
	 といった感じで、生物委員会と用具委員会の上級生で笹を採取し、体育委員会がその笹を学園まで運ぶことになった。
	しかし結局大半を運んだのは、後輩達が二人で一本の笹を運ぶ中、一人で二本を軽々と運んでいた体育委員長の小平太だった。
	 そして短冊と飾りは、生物委員会と用具委員会の下級生達と、図書委員及を中心に作ったが
	「きり丸! 反故紙を飾りに使うのはまだ見逃してやるけど、お前らの答案は止めろよ」
	「えー。いいじゃないっすか。赤みがあって華やかでしょう」
	「……それってつまり、赤で直されている箇所が多い。ってことだよね」
	 などというしょうもないやり取りが、図書委員達の間で繰り広げられていたり、
	「中在家先輩すごーい。それ、どうやって作るんですかぁ」
	「伊賀崎先輩が、折り紙で作った虫も凄いよ」
	 等々、下級生達が図書委員長の長次が作った切り紙の飾りや、生物委員の孫兵の折り紙の虫に感心したのが
	悔しかった用具委員長の留三郎が、張り合うように飾り作りに参加した為、予定以上に豪華な笹飾りになった。

	「立派な笹調達してきたから、お前らも短冊付けてこいよ。……って、何やってんだ三郎」
	 笹を採取して戻ってきた八左ヱ門が、同期の友人達を見つけて声を掛けると、何故か三郎が背後に回ってきた。
	「竹と笹は同じものだから、お前に短冊を飾った。何か問題があるとでもいうのか?」
	「あるに決まってんだろ! だったら俺は、お前に味噌汁よそうぞ」
	 シレっと返す三郎に、八左ヱ門も負けずに返すと、残りの友人達も
	「えー。せめてお煎餅位にしとこうよ」
	「いや、そうじゃないだろう、雷蔵」
	「そうだろ。この場合、土と何か花の種辺りだろ」
	 などと好き勝手なことを言い出した。
	「兵助。お前も違うから」
	「じゃあ、何なら良いの? 勘ちゃん」
	「んー、そうだなぁ。汁鉢に菓子鉢に植木鉢ときたから……火のついた炭?」
	地味なようで結構強烈な五年の面々に、サラリと溶け込めているような気がする五年い組の勘右衛門が、サクッとこんな
	ことを言ってのけるような、ちょっぴり過激で黒い子だったら楽しいのに。などとこの話の書き手は考えていたりする。

	 所変わって会計室。委員長の潮江文次郎に呼び出された、一年の加藤団蔵が、筆や硯と短冊らしき紙を置いた
	机の前に座らされていた。
	「……里芋の葉に溜まった露を集め、それで磨った墨で七夕の短冊を書くと、字が上達するというな」
	「は、はい。そうですね」
	「用意しておいてやったから、書け。書き損じても、お前用に短冊は余分に確保してある」
	 正直な所文次郎は、そんな伝承を本気で信じているわけではなかったが、万に一つの可能性でも試してみたく
	なる程に、団蔵の字は酷いのだから仕方がない。その為、短冊の用意を担当した図書委員会に頼み、多めに短冊を
	貰う代わりに、笹飾りの材料費の一部を、予算として認めたとか。

	「よし! これでひとまず全部だね」
	またも所変わって今度は食堂で、保健委員達はそうめんを茹でていた。たかがそうめんとはいえ、育ち盛りで
	食い盛りの四十数人の少年達+教職員分となると、とんでもない量になり、おまけにそうめんだけでは物足り
	ないので、何か副菜を作らなければならないし、薬味の用意もあるし、そもそもそうめんの準備は意外に面倒
	くさいので、食堂のおばちゃんだけでは大変だろう。ということで彼らが手伝うことになったのだが
	「貸せ。運ぶのは、我らがやってやる」
	「仙蔵? ありがとう。でも何で?」
	 ちょうど盛り付け終えて運ぼうとしたところに、立花仙蔵率いる作法委員会の面々が現れた。
	「お前らにやらせると、途中で何か落ちてきたり、こけてひっくり返したりなどしそうなのでな」
	 何しろ保健委員会の異名は「不運委員会」なのだから、苦労して茹でたそうめんを、全て台無しにしてしまう
	可能性が無いとは言い難い。そう言って手伝いを申し出た作法委員会の担当は打ち上げ用の花火だったが、火薬に
	かけては学園一の仙蔵の指揮下で、絡繰コンビの片方である兵太夫も居た上、仙蔵が手遊びで作った残りもあった
	とかで、短時間でさっさと作成だけして、打ち上げの準備などの後のことは、火薬委員会に任せてきたらしい。

	 そんなやり取りが交わされている食堂の入口付近で、仙蔵と同じことを考え手伝いに来たが、団蔵に短冊を
	書かせていた所為で出遅れた文次郎が悔しそうにしていた。……とか付け加えたいのは、書き手の趣味である。

	そして全ての準備を終え、採取してきた笹の一部を用具委員が加工したもので流しそうめんをしつつ、火薬委員の
	打ち上げる作法委員会製の花火を見て、生徒達は七夕祭りを満喫したのだが、
	「兵助くーん。おれも、そうめん食べてきちゃダメ?」
	「打ち上げ終わるまでは我慢して下さい、タカ丸さん。僕らの分は確保しておいてくれるって、約束してもらって
	いるでしょう?」
	「そうですよ。後二発なんですから、頑張りましょう」
	「……。別に、食べに行きたきゃ行って来てもいいぞ三人共。俺一人でも何とかならないことは無い」
	「え。それじゃ……」
	「駄目です、タカ丸さん!」
	「久々知先輩一人じゃ、大変すぎるでしょう」
	 花火の打ち上げ役の火薬委員会だけは、大活躍ながら完全裏方状態で、イマイチ楽しめたとは言い難かったという。





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